写真・記録:岡 泰行/城郭カメラマン
古渡城の歴史と見どころ
古渡城跡は、真宗大谷派名古屋別院にある。東別院は徳川光友から織田信秀の古渡城の跡地約1万坪の寄進を受けて建立された。古渡城の規模は、東西140m、南北100mの平城で、周囲に二重の堀をあったらしい。織田信秀が末森城に移り廃城となった。東別院の敷地内には、名古屋城の残石がある。また、東別院のすぐ東側にある下茶屋公園にある池は、古渡城の堀の跡と言われている。
古渡城の観光情報・アクセス
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年よりWebサイト「お城めぐりFAN」を運営し、日本各地の城郭を訪ね歩いて取材・撮影を続けている。四半世紀にわたる現地経験をもとに、城のたたずまいと風土を記録してきた。撮影を通して美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に宿る歴史の息づかいを伝えている。その作品は、書籍・テレビ・新聞など多くのメディアで紹介され、多くの人に城の美しさと文化を伝えている。
古渡城:城ファンたちの記憶
実際に古渡城を訪れた城ファンの皆さまが綴る、印象に残った景色、人との出会い、歴史メモ、旅のハプニングなど、心に残る旅の記憶を共有しています(全2件)。




津島港は尾張と伊勢を結ぶ河川交通の要所。織田信定はこの経済力を元に力を付け、信秀、信長と引き継がれていったそうな。
( 城好き匿名希望)
東本願寺別院の左端の方に石碑がある。信長が元服したといわれる。信長に名古屋城を譲り、信秀はこの古渡城を居城とした。天文15年(1546)元服して織田三郎信長を名のる。13才であった。
( 吉良実敦)