写真:岡 泰行

備中高松城の歴史と見どころ

備中高松城は、毛利の東の境目にあたる備中7城(境目7城)のうちのひとつだ。永禄元年(1570)頃に戦国大名、三村氏配下の石川久式(ひきのり)が築城したと伝わる平城で、天正3年(1575)に毛利氏に滅ぼされ、国人領主の清水宗治が毛利氏に属して城主となった。天正10年に中国侵攻した織田氏配下の羽柴秀吉は、備中7城を攻め落としつつ進んだが、沼に囲まれた備中高松城の要害を攻めあぐね、逆に沼を利用し堤を築き水攻めにした。戦いは持久戦となるが、和議が成立、城兵5,000名の命と引き換えに城主、清水宗治は自刃した。その後は、秀吉配下の杉原七郎左衛門が城番として入り、さらに岡山城主の宇喜多領となり花房正成が入る。この時、城は改修を受け、さらに関ヶ原の合戦後、徳川家康配下の花房職之が入り陣屋を整備するも城は移転し、高松城は廃城となった。城の規模は、本丸、二ノ丸、三ノ丸、家中屋敷と周囲よりわずかに高い土地で構成されている。周囲は沼地に囲まれていた。現在目にする本丸は、両花房氏時代の陣屋跡とされている。

本丸跡に建つ清水宗治の首塚
本丸跡に残る清水宗治の首塚

清水宗治の胴塚
北西の住宅街に残る清水宗治の胴塚

現地を訪れると、平地の中央に残るわずかな兵陵が本丸跡といった風情で高松城址公園となっている。公園内は散策自由で二の丸、三の丸があるが各曲輪の外郭が明瞭に解るわかるではない。本丸跡には清水宗治の首塚、北西すぐの住宅街の中に胴塚が残る。水攻めの際に造られた堤防は、高松城の東南にその一部が残り「蛙ケ鼻築堤跡」という。また城址に西に足守川沿いに、高松城水攻め水取り入れ口遺跡(石柱のみ)があり、堤防の規模が体感できる。秀吉本陣は東側の山にあるが40年前は城址の眺望が良かったが、近年は木々が生い茂り高松城が見えにくくなっている。

足守川
秀吉は足守川の水を利用して水攻めを行った

備中高松城址資料館

備中高松城址資料館備中高松城址資料館(新資料館)が、2023年6月4日、リニューアルオープンした。新たに建築された新資料館は、10時〜15時、月曜休館。旧資料館は閉館とり、清水宗治の備前焼や史料は新資料館に受け継がれた。

備中高松城の水攻め

備中高松城は水攻めの城、秀吉の中国大返しの起点として知名度が高い。清水宗治が守る高松城を水攻めしたのは織田信長配下の羽柴秀吉で、その堤防は、主に県道245線で蛙ヶ鼻築提跡に結ばれていた。余談ながら水攻めで有名な城は、岡山県の備中高松城、和歌山県の太田城、埼玉県の忍城の3城あり、日本三大水攻めなどと呼ばれている。

備中高松城の関連書籍

書籍「高松城水攻の検証」237ページで2,100円。資料館、または城跡すぐ横の「清鏡庵(せいきょうあん)」でGETできる。

備中高松城の撮影方法

宗治蓮備中高松城といえば、本丸の堀跡から400年の時を経て開花した蓮。宗治も同じ蓮を見ていただろう。もともと高松城のまわりに群生していた蓮が、公園整備後、400年前の種が自然と開花し、梅雨明けには城を囲むように咲くようになった。水に守られ水に散った城主、清水宗治が今も語りかけてくるようだ。蓮の開花時期は毎年梅雨明けとほぼ同時(宗治祭と同時期)。岡山の後楽園より本数も多く、城跡を取り囲むように咲くので綺麗だぞ。現地のカメラマンは光が美しく涼しい早朝7時ごろに撮影するのだとか。

石井谷公民館から望む備中高松城址全景史跡は午前中の撮影スポットが多い。城址の全景なら、隠れたスポット、城から東へ200mの石井谷公民館へ。ちょっと高いところから城址が見下ろせるぞ。なお、秀吉が陣を構えたとされる石井山の陣跡からの眺めは近年、木々が成長して眺望があまりよくない。

備中高松城の写真集

城郭カメラマン撮影の写真で探る備中高松城の魅力と見どころ「お城めぐりFAN LIBRARY」はこちらから。

備中高松城の関連史跡

蛙ヶ鼻築提跡蛙ヶ鼻築提跡秀吉が築いた水攻めのときの築堤跡「蛙ヶ鼻(かわずがはな)築提跡」はその歴史ストーリーを思えば見逃せない。また、蛙ヶ鼻築提跡の背後の山「石井山」には、秀吉が水攻めの際の陣を置いた場所や「太閤岩」と伝わる岩(太閤岩からは城址が見えない)や、清水宗治の首実検をした「首塚跡」も山中に。登山口は上記マップでチェック。なお、首はその後、本丸跡に移されたので首塚は本丸跡にもある。城の近辺には清水宗治の胴を葬った胴塚、また、宗治自刃跡の五輪の塔の供養塔も見ておこう!

足守陣屋または、秀吉の正室、寧々の兄である木下家定が築いた足守陣屋。陣屋跡は堀が残る程度だが、家老級の侍屋敷や大名庭園、風情のある町並みが堪能できる。近年、城下町が整備されている。

お城ファンは備中七城を。信長軍を迎え撃った、小早川隆景が配した防御ラインの高松城を含む備中七城。北から、宮路山城、冠山城、鴨庄城、庭瀬城、日幡城、松島城を探索しても面白い。いずれも平城、もしくは平山城。冠山城は山頂に墓が残り、撫川城は石垣や水堀を残す(場所は上記マップ参照)。詳細は「清水宗治サイト」が詳しいぞ。

一般観光スポットとして忘れてはならないのが、日本三大稲荷のひとつ最上稲荷(さいじょういなり)。現地を訪れるとひときわ大きな鳥居があるが、この最上稲荷のもので鳥居は日本最大級なのだとか。

備中高松城のおすすめ旅グルメ

本丸北側すぐにある「清鏡庵(せいきょうあん)」で和菓子「水攻饅頭」を。夏は「水大福」が涼しげでおいしい。気軽にひとつから買えるぞ。清鏡庵は地元の人が通う老舗。

備中高松城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル

JR吉備線、総社駅付近にビジネスホテルがある。車利用なら備中高松城の北東にある粟井温泉「あしもり荘」など。

備中高松城のアクセス・所在地

所在地

住所:岡山県岡山市北区高松 [MAP] 県別一覧[岡山県]

電話:086-287-5554備中高松城址資料館

開館時間

高松城址公園は散策自由。備中高松城址資料館は10時〜15時、入場無料、月曜・年末年始休館。

アクセス

鉄道利用

JR吉備線「備中高松駅」下車、徒歩5分。改札口を出てすぐ右へ線路沿いを進み、踏切を渡り北へ約800m。蛙ヶ鼻(かわずがはな)築提跡は徒歩約10分。詳しくは上記Googleマップ参照のこと。鉄道利用で合わせて足守陣屋や鬼ノ城もめぐりたい人は、備中高松城駅前のタクシー(稲荷観光交通 TEL:086-287-3030)を利用すると良い。

マイカー利用

山陽自動車道、岡山ICから約10分。蛙ヶ鼻築提跡駐車場3台、高松城址公園南側の駐車場約25台、西側の駐車場約12台。いずれも無料。

城ファンの気になるところ (8)

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    「清鏡庵」ガイドブックにお菓子屋のご主人のことが書いてありました。高松城のことに詳しいそうです。興味があれば質問等をしてみてはいかが?お城のすぐ前にあります。「宗治饅頭」は白あん&あんがあり、ばら売りもしてくれます。「羊羹」もおいしいとのこと。でも普通の饅頭なんですよ。「宗治饅頭」と印刷されたものにくるまったお饅頭。甘さも中くらい。気分を味わいたい人にはいいかも。

    ( お市)

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    本丸跡、二の丸跡、三の丸跡、土壇、捨石などが残ります。その他、水攻め音頭の歌詞を書いた碑がありました。

    ( mm)

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    ご存じ秀吉により水攻めされた最初のお城。攻略中に本能寺の変が起こり、ここより中国大返しがはじまる。城主、清水宗治の自刃地にはひっそりとその墓が建っている。

    ( 秀吉)

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    秀吉が本陣を置いた石井山ですが、本陣跡までの道のりは険しく(特に夏季)、本陣後から500m奥にある太閤岩まではさらに厳しいです(所々に蜘蛛の巣が張っている狭い山道)。築堤跡に、飲料やラジオを持って座っている老人がいらしたら、詳しく教えてくれるので石井山への道順や歴史を聞きましょう。

    ( ポメ朗)

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    有名どころをセットでめぐるなら、備中高松城と足守陣屋、鬼ノ城をどうぞ。

    ( 黒田官兵衛)

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    400年前の蓮が開花したといえば、宇都宮城の蓮池跡からも、2011年に460年ぶりに開花したそうだ。

    ( 清水宗治)

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    水攻めの堤、蛙が鼻築堤跡が備中高松駅から歩いて10分程度にあります。底部巾24m上巾10m高さ8mの堤だったらしいですが、明治36年鉄道敷設の際、築堤の土砂がすべて持ち出されてしまったとのこと。

    ( ふくろう)

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    資料館は9時から15時と開館時間が短め。15時を過ぎてしまい、でも城跡は見られるし、清境庵でスタンプ押して饅頭買って帰るか、と思い来場するもこの日はたまたま木曜日。清境庵は定休日。救済措置はありません。木曜日登城の場合は要注意!

    ( 惟新)

城の情報

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