- 柴田勝家が築いた北の庄城を取り囲む形で拡充した福井城。68万石の規模。家康の縄張りで改築したらしく、名前も北ノ庄は「北」が敗北に通じることから松平忠昌が「福井」と改称したらしい。幕末の松平春嶽でも有名。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 残っているのは本丸だけで、中には県庁がある。城内に現存建造物はないが、旧本丸御殿の小座敷・御座之間が、市内瑞源寺に移築され、本堂・書院に使用されているので、ぜひ行くべし。
[中川桂 (2003.4.27)]
- 天守台のそばに福井の名の発祥「福の井」がある。井戸の北側は、福井地震で崩れた石垣が崩れたままの状態で保存されている。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 福井県庁建設の際に、一部の発掘調査が行われたらしいが、天守台下で検出された井戸は、天守脇に現在も残る井戸「福の井」に向かって切石で組んだ人ひとりが通れる穴が空けられていたらしい。その井戸跡は確認することができなかった。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 結城秀康は、慶長6年(1601)より城の改修を始め、北陸の諸大名にも築城御手伝が命じられた。天下普請の城で石垣には刻印が見られる。なお、福井市役所前の生け垣背後の石墨は二の丸から出土した刻印された石垣を集め使用している。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 「笏谷石」は、凝灰岩のことで加工がしやすい石。このあたりでは、福井市にある足羽山(あすわやま)笏谷の石切場が有名なため「笏谷石」と呼ばれている。狭間石、棟石、屋根瓦、石垣、階段、井戸枠、敷石、鉢、石仏など多様に用いられており、福井城では石垣をはじめ、天守・櫓等の建物で多く使用されていたらしい。天守台石垣は笏谷石を方形の切石とし切り込みハギによる布積みで使用している。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 福井城は石垣の内側を、東側では土塁を用い、西側では石段としているが、この石段と壁の接点になる部分にある縦に通すかたちの石の土台(塀と石垣の接合部)が残る。当時の御所院のしきり塀を固定するためのものだろう。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- すぐ近くの柴田神社(北ノ庄城跡)にも訪れてみよう。福井城の舟山門礎石やその虎口跡、百間堀の発掘された石垣などを見ることができる。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 銅像チェック!福井城の南側にある堀端のちょっとしたスペースは内堀公園と呼ばれ、福井藩の財政改革で活躍した福由利公正、横井小楠の彫像がある。また城内には、結城秀康の石像があるがこれはやや漫画チックな印象を受ける。その他、福井神社には松平春嶽の像、福井城の前にある中央公園には由利公正の像がある。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 交通:[鉄道] JR北陸本線、福井駅下車、徒歩5分。
[自動車] 北陸自動車道福井ICから福井市中心部へ車で15分、福井県庁を目指す。JR福井駅周辺に有料駐車場有り。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 資料:郷土歴史博物館に、当時の福井城の模型や絵図などがあるそうな。
[ごんべい (2003.4.5)]
- 撮影アドバイス:天守台はその入り口が南向き、養浩館庭園は西向き、復元された舎人門は北向き。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- グルメ:「へしこ鯖(鯖のぬか漬)」や「へしこ粥」など。「へしこ」とは、魚の身や卵巣をぬか漬けにしたもの。江戸時代が起源で広く各地で生産されてたが、現在はここ北陸のみに伝わる珍味だそうな。または、一般人が食べることを許されなかった、松平家御用達「天たつ(福井市順化2丁目)」の「越前うに」。天下の三大珍味のひとつと言われたそうな。
[光秀 (2003.7.24)]
- 宿泊:JR福井駅から徒歩3分、お堀ばたにある「ホテルニューユアーズ
」がリーズナブルでおすすめ。
[半兵衛 (2004.10.3)]
- 歴史スポット:昭和27年(1952)、足羽山にあった福井市立郷土歴史博物館が現在の地に移転。同エリアに外堀や庭園の遺構、舎人門(とねりもん)が復元されているので要チェック!高さ約6m、幅約10m、瓦は越前赤瓦を使用しているらしい。また、その隣にある福井藩主松平家の別邸「養浩館(ようこうかん)」も時間があれば訪れたい。復元された別邸だが、風呂や藩主の座った部屋などで当時を想像してみるのもいいかも。または、同市内にある「瑞源寺」。旧本丸御殿が移築使用されている。城では、北ノ庄城、丸岡城、一乗谷城と近郊に有名城が多い。福井をベースキャンプにすると良し。
[半兵衛 (2004.10.3)]
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