尼崎城
 

住 所:兵庫県尼崎市北城内
別 名:琴浦城、大物城
文化財指定:なし
遺 構:なし
区 分:平城(水城)
築城者:戸田氏鉄
築城年代:元和4年(1618)

 
写真:岡 泰行
 

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  • 明治維新後に取り壊され、遺構が残っていない尼崎城ですが、最近、かつて外濠であった庄下川の堤防工事の際、石垣の一部が姿を現しました。場所は尼崎中央図書館の西に掛かる開明橋の南側たもとの左岸です。平成11年2月現在、工事の足場の影になってはいますが、向こう岸から見ることができます。高さは水面から1m位出ているでしょうか。何でも、昔の城の石垣の上に旧堤防を作ったみたいで、老朽化した堤防を改修しようとして、下から出現したらしいです。
    [西山忠博 E-mai:denka@bu.iij4u.co.jp (99.03.03)]

  • 上の写真の公園は外郭のほんの一部。城址と呼べない?
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 開発の犠牲になった悲しい悲しい城であるらしい。
    ・明治6年:天守以外の建物、払い下げられる。
    ・明治8年:城地も払い下げられる。
    ・明治12年:天守台、櫓台などの石垣を尼崎港の防波堤の修築に使用。
    ・明治17年:本丸跡に城内小学校、開校。
    ・明治45年:同小学校拡張のため北側内濠埋め立て。
    ・大正末年:他の内濠、開発のために埋め立て。
    ・昭和34年:第二阪神国道開通により東大手橋と西大手橋付近に残っていた石垣除去。
    ・昭和42年:東の外濠の大物川埋め立て。
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 復興の土塀の瓦に、戸田氏の九曜紋。

    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 現在は、尼崎城址公園としてちょっとした公園。城としての建造物は復興土壁と復興石垣のみ。資料館はなく、城内小学校・中学校が本丸跡。小学校校内に本丸太鼓橋の橋脚を用いた石碑と、復興の模型がある。
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 城内小学校南西部の南向きの塀に尼崎城趾の石碑がありますが、これは尼崎城の堀にかかっていた橋の橋脚だそうです。
    [西山忠博 E-mail:denka@bu.iij4u.or.jp (99.02.02)]

  • 交通[鉄道] 阪神電鉄本線、尼崎駅下車、徒歩3分。
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 資料:尼崎市役所(阪神尼崎駅北側バスターミナルより市バスで10〜15分)南館のロビーに尼崎城と周辺城下町の復元模型があります。また、「尼信会館(尼崎信用金庫)」の常設展示で尼崎城の復元模型とその他資料を見ることができます。古写真、古文書、城の御殿の図面等は「尼崎市総合文化センター」で。
    [西山忠博 E-mail:denka@bu.iij4u.or.jp (99.02.02)]
    [半兵衛 (02.04.02)]

  • 資料:桜井神社(城址のすぐ側)に天守に使ったといわれる戸田氏九曜紋入り鬼瓦2枚があるらしい。水城の名城といわれた尼崎城の遺構を示す物は、古写真(加筆が多いため正確ではない)数枚と、それを元に描かれた復元図のみらしい。
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • グルメ阪神尼崎駅の建物のなかにあるカウンターのみの喫茶店のケーキがうまい。
    [半兵衛 (96.05.13)]

  • 歴史スポット尼崎城跡の最寄駅、阪神尼崎駅の南西部(徒歩約5分)の位置に寺町という臨戦時に砦として機能する地域があります。藩政時代からの古い寺院が残されています。また、「尼信会館(尼崎信用金庫)」の尼崎城の常設展示と城内小学校校庭にある模型、桜井神社の尼崎城の九曜紋の瓦2枚は見ておきたい。
    [西山忠博 E-mail:denka@bu.iij4u.or.jp (99.02.02)]
    [半兵衛 (02.04.02)]

 

 


 
 
 
 
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