大阪城
大阪城は、石山本願寺・豊臣大坂城・徳川大坂城という三つの時代を重ねて受け継がれてきた城だ。上町台地に広がる巨大城郭には壮大な石垣と縄張が残り、地下には豊臣期の遺構も眠る。豊臣石垣館をはじめ、多彩な見どころと撮影スポットとともに、その歴史と魅力を紹介する。 ▼続きを読む
会津若松城(鶴ヶ城)
会津若松城(鶴ヶ城)600年の歴史と、その見どころ、合わせて巡りたい歴史スポットを解説。会津若松城は会津盆地の五街道が集まる地に築かれた。会津盆地は南北約34km、東西約13kmの広さで、南東に東山温泉の上流を水源とする湯川があり、その扇状地にある小田垣の丘に鶴ヶ城を築き、城下町が形成された。現在見られる城とその城下町は、蒲生氏郷時代にその基礎が造られ、加藤嘉明・明成により現在の姿に。 ▼続きを読む
二条城
二条城は慶長6年(1601)、徳川家康が京都の宿所として天下普請で築いた城で、家康と豊臣秀頼の対面や徳川慶喜の大政奉還の舞台として知られる。二の丸御殿が国宝で、本丸や天守台、櫓・城門などの遺構が残り、世界文化遺産として多くの人が訪れる名城だ。このページでは二条城の歴史と見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
五稜郭
五稜郭は安政4年(1857)に着工し、元治元年(1864)に完成した幕末の欧州式城郭だ。武田斐三郎が設計した五つの稜堡を持つ星形の縄張が特徴で、箱館戦争では榎本武揚や土方歳三ら旧幕府軍の拠点となった。現在は特別史跡の公園として整備され、復元された箱館奉行所や桜の景観が親しまれている。このページでは五稜郭の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
伊賀上野城
伊賀上野城は天正13年(1585)に筒井定次が築いた城を起源とし、慶長13年(1608)以降、藤堂高虎によって大坂城に備える拠点として大改修された。伊賀盆地北側の丘に築かれ、本丸西面には高さ約30mに及ぶ高石垣が築かれている。現在は昭和10年(1935)築の木造模擬天守と壮大な石垣が伊賀上野の象徴的景観となっている。このページでは伊賀上野城の歴史や高石垣などの見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
岡山城
岡山城は宇喜多直家が原型を整え、宇喜多秀家が近世城郭として拡張した。旭川を堀代わりにし、黒い下見板張りの不等辺五角形天守が「烏城」と呼ばれる。現存の月見櫓や西手櫓、旭川越しの景観と後楽園も見どころだ。このページでは歴史と構造、遺構や撮影スポットを紹介する。 ▼続きを読む
福山城
福山城は元和8年(1622)に水野勝成が築き、福山藩の中心となった。平山城に二重の堀を巡らせ、天守北面は鉄板張りが特徴だ。伏見櫓と筋鉄御門が現存し、駅ホームからの城景や夜のライトアップも映える。このページでは福山城の歴史と見どころ、遺構と撮影ポイント、周辺史跡を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
宇和島城
宇和島城は文禄4年(1595)、藤堂高虎が宇和郡7万石で入封し、板島丸串城を居城と定めたことに始まる。翌年の慶長元年(1596)から築城が進められ、宇和海に面した城山に海水を取り入れた堀をもつ海城として整えられた。現在は本丸に三層三階の天守が現存する。このページでは宇和島城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
人吉城
人吉城は、鎌倉時代初期の建久9年(1198)に相良長頼が入城して以来、相良氏が約700年にわたり拠点とした城だ。球磨川と胸川を天然の堀とする立地を生かし、石垣を用いた近世城郭へ改修された。現在は石垣や門跡が残り、復元された隅櫓や多門櫓とともに城の姿を伝える。このページでは人吉城の歴史や構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
原城
原城は、明応5年(1496)に有馬貴純が築いたと伝わる城で、有馬氏が日野江城と併用して島原半島支配の拠点とした。岬状の丘陵を要塞化し、有明海の干満差や湿地を防御に取り込んだ構造が特徴だ。島原・天草一揆では一揆勢が籠城した地として知られ、現在は石垣や礎石が残り史跡として整備が進む。このページでは原城の歴史や構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
名護屋城
名護屋城は、文禄・慶長の役の出兵拠点として天正19年(1591)に豊臣秀吉が築いた巨大城郭だ。玄界灘に向かって突き出す丘陵に広大な縄張が展開し、石垣や天守台、山里丸などに往時の面影が残る。現在は発掘調査と整備が進み、桃山期最大級の城跡を歩いて体感できる。このページでは名護屋城の歴史と構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
小倉城
小倉城は、永禄12年(1569)に毛利元就が築いた城を起点に、慶長7年(1602)に細川忠興が現在の城を築いた。紫川の河口に築かれた城で、川や堀を取り入れた縄張と石垣が特徴。現在は再建天守と石垣、門跡や庭園などが残り、北九州を象徴する景観となっている。このページでは小倉城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
中津城
中津城は、天正15年(1587)に黒田孝高が豊前を与えられたのを機に築かれ、細川氏や奥平氏の居城として続いた。山国川河口に築かれ、満潮時には堀に海水が入る水城として知られる。現在は石垣や堀が残り、昭和39年(1964)に模擬天守が建てられ資料館として公開されている。このページでは中津城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
一乗谷城(一乗谷朝倉氏遺跡)
一乗谷城は南北5キロの谷を、北側と南側に虎口を設け、谷を守る構造で往時は1万人が暮らし京都に次ぐ都市だった。背後に一乗谷山城があり140箇所の竪堀がある。約450年前、一夜にして朝倉氏が滅亡、都市として再興することなく、近年、発掘調査が行われ、当時の様子を克明に残す屈指の遺跡となった。 ▼続きを読む
郡上八幡城
郡上八幡城は永禄2年(1559)、遠藤盛数が八幡山に築いた城である。吉田川と小駄良川に守られた要地に位置し、稲葉氏や青山氏の改修を経て近世城郭として整えられた。現在は石垣と木造模擬天守が山上に残り、城下町を見下ろす景観が魅力だ。このページでは歴史と構造、整備の歩みを写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
犬山城
犬山城は天文年間に織田信康が改築したとされ、成瀬氏が明治まで城主を継いだ城だ。木曽川の断崖に本丸を置き、郭と城門が連なる縄張りが特徴となる。現存天守の中で最も古いとされた国宝天守と川景が、いまも優美さを伝える。このページでは歴史と構造、撮影ポイントや周辺史跡を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






