写真:岡 泰行

二条城の散策ポイント
二条城の散策ポイント

二条城は東大手門からのみ出入りできる。外堀より内側はすべて有料ゾーン。城内では、二の丸御殿に目が行ってしまい、本丸と天守台を見て帰るのを忘れるなかれ。なお、時間のある人は城外に出て後、二条城の外堀一周すると良い。距離は約1.9km。徒歩約20分〜30分で西南隅櫓や西門を外側から観られるぞ。

二条城の見どころ
二条城の見どころ

徳川家康が天下普請で築城した二条城。家康と豊臣秀頼の対面、徳川慶喜が大政奉還した城で有名だ。徳川に始まり徳川に終わったひとつの時代を象徴する城と言っていい。

二条城の歴史

ユネスコの世界文化遺産にも登録されている「元離宮二条城」。築城したのは、徳川家康である。1601(慶長6)年、家康は京都の宿所とするべく西国の大名たちに築城を命じた。いわゆる天下普請の城のひとつに挙げられる。家康時代の城は今の二の丸にあたり、単郭式だが、西北隅には5層の天守があった。

1603(慶長8)年、征夷大将軍に補任されたという宣下の勅使を伏見城に迎えた家康は約1か月後、上洛して二条城に入る。そこから行列を連ね、天皇への拝賀の礼として宮中に参内した。1611(慶長16)年には、家康と豊臣秀頼の対面もここで行われている。秀頼の警護役として、加藤清正と浅野幸長が付き従っている。このとき、想像以上に賢い秀頼に家康が不安を抱き、大坂の陣へとつながったという説もある。

大坂の陣を経た1626(寛永3)年、すでに将軍を引退し大御所となった徳川秀忠と三代将軍の家光父子は、二条城に後水尾天皇を迎えた(寛永行幸)。これに合わせて、城の拡張が行われている。城域は西に大きく張り出し、そちらが新しい本丸となった。このとき、1623(元和9)年に破却された伏見城からも天守などの建物が移築されたと言われている。

二条城の全景
二条城天守台
二条城の創建時の天守(寛永行幸以前)は位置も異なり、豊臣秀長の大和郡山城の天守の天守を移築したとも言われている。この天守は寛永行幸の増築の際に、淀城に再び移築された。

1634(寛永11)年、家光は再び上洛し二条城に入るが、その後は幕末まで将軍の上洛がなくなり、二条在番役が留守を守った。この間、天守や本丸御殿が火事により焼失している。1863(文久3)年、14代将軍家茂が上洛し二条城に入った。家茂は1865(慶応元)年、第二次長州攻めの指揮をとるため二条城を経て大坂城へ入り、そこで亡くなっている。

1866(慶応2)年末、徳川慶喜が二条城で将軍宣下を受け、「最後の征夷大将軍」となった。翌年には大広間に幕閣や京都にいた諸藩の重臣を集め、まつりごとを朝廷に返還する旨、告げている(大政奉還)。260年以上続いた江戸幕府は、ここに終焉を迎えた。

1884(明治17)年には宮内省の管轄となり、二条離宮と呼ばれるようになった。1896(明治29)年には本丸に旧桂宮邸が移築されている。1915(大正4)年、大正天皇即位の儀式と饗宴が行われた(大正大礼)。その際、現在ある南門が造られている。1939(昭和14)年には京都市に下賜され、翌年から「恩賜元離宮二条城」として一般公開が始まった。1994(平成6)年には、「古都京都の文化財」のひとつとして、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録された。

ほかにもある二条城

室町幕府を開いた足利尊氏は、二条高倉に御所を置きそこで政務を執った。3代義満の時代に「花の御所」が造営され、政権の中心はそちらに移ったが、13代将軍の義輝は御所の南西、いわゆる「二条御所武衛陣(斯波氏の居館跡)」を本拠とした。後に織田信長が15代将軍、義昭のためにこの地に室町邸(京の御城)を築いている。

室町幕府滅亡後の1579(天正7)年、信長は二条室町に二条城を築き、誠仁親王に献上している。この時の石垣の一部が、現二条城内(移築)と京都御所で見られる。豊臣秀吉も1584(天正12)年に、妙顕寺城を現二条城の西に築き1585(天正13)年には堀や天守があった。1587(天正15)年、現二条城の北に聚楽第が新造されて後はその役目を終えた。このように、このあたりは、いわゆる天下人の京における拠点となっていたのだ。他の二条城については「歴史スポット」の項目で詳しく解説する。

二条城の見どころ

二の丸御殿

1626(寛永3)年に執り行われた後水尾天皇の行幸にあたり造営されたもので、城郭御殿としてほぼ完全な姿で現存するのは唯一のもの。様式は書院造で、内部には狩野派の障壁画をはじめ、さまざまな装飾も残っている。大広間は、大政奉還の舞台として有名。1952(昭和27)年、国宝に指定された。
二条城二の丸御殿

本丸

徳川家光が、家康時代の二条城を西に大きく拡張して現在の本丸を整備した。天守台には5層の天守が上がっていたが、1750(寛延3)年に落雷で焼失した。元あった本丸御殿も、1788年(天明8)年の火事で失われている。現在の御殿は1894年(明治27)年、旧桂宮邸から移築されたもの。見どころは、天守台、本丸櫓門と西門枡形虎口だ。
二条城本丸櫓門

東南隅櫓、西南隅櫓

二条城本丸にあった建物は、多くが伏見城から運んできた部材を使用したと言われている。天守のほかに、8基の櫓が上がっていたとされるが、残されたのは、本丸を囲う郭の両角にある、2基のみだ。
二条城東南隅櫓

東大手門

渡櫓式の二階門で、二階部分は3つの部屋と武者走があり、石落としも設置されていた。寛永の行幸の際には、天皇を見下ろすのを避けるため、一重に置き換えられたと言う。現在、外郭にある城門は、北大手門(重要文化財)、西門(重要文化財)、南門とあるが、南門のみ、大正時代に新たに造られた門で、創建時のものではない。
二条城東大手門

唐門

二の丸御殿の入り口。唐破風を持ち、彫刻や飾り金具などさまざまな装飾が施された絢爛の佇まい。
二条城唐門
(文=mario 写真=岡 泰行)

Webで見られる二条城関連資料

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ「二条城関係資料」

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ:二条城関係資料」は、平成30年2月からWeb上で公開されている当時の図面。京都大学附属図書館が所蔵する二条城に関する中井家絵図のうち、249点が公開されている。後水尾天皇の行幸を迎えるための改築に関わる図面など、非常に興味深い。

平安京オーバレイマップ

京都市平安京創生館で展示公開されている「平安京跡イメージマップ」を地図上に配置し、ウェブ上でも閲覧できるようにしたもの。各年代でどんな建物があったのか、レイヤー的に俯瞰できる。訪問する前にじっくり見ておきたい。平安京跡イメージマップは2016年1月に公開された。御土居の位置や聚楽第の石碑と縄張推定図、旧二条城、足利義輝邸跡、各大名の屋敷跡の石碑を網羅。聚楽第は近年、発掘された聚楽第石垣のラインまで地図上で確認することができる。

二条城の関連書籍

書籍『世界遺産二条城』

(2020年1月発行 元離宮二条城事務所 A4・64P+別冊16P)
世界文化遺産登録25周年を記念して発行された初の公式ガイドブック。二条城の売店、京都総合観光案内所(京都市中京区河原町三条上ル恵比須町427番地 京都朝日会館1階)等で販売中。

書籍『天下人の城』

京都市文化財ブックス第31集(2017年4月1日発行 京都市文化市民局文化芸術都市推進室文化財保護課 A4カラー114P)
旧二条城ほか、聚楽第、伏見城など京都の城について書かれている。JR京都駅ビル2階の京都総合観光案内所で販売。

書籍『二条城を極める』

加藤理文著(2012/8/1発行 サンライズ出版 単行本カラー63P)
二条城の現存遺構ほか、増築された石垣、堀川に残る石垣刻印などについて書かれている。一般書店にて販売。

書籍『元離宮 二条城』

(2003月10月発行 京都新聞出版センター B5カラー64P)
主に二の丸御殿の襖絵など、黒書院や大広間など各部屋や、襖絵や庭園、本丸御殿について。一般書店にて販売。

城内の現存建築遺構リスト

  • 東大手門(重要文化財)
  • 番所
  • 二の丸唐門(重要文化財)
  • 二の丸御殿(国宝)
  • 土蔵(重要文化財)
  • 北大手門(重要文化財)
  • 本丸櫓門(重要文化財)
  • 桃山門(重要文化財)
  • 鳴子門(重要文化財)
  • 北中仕切門(重要文化財)
  • 南中仕切門(重要文化財)
  • 米蔵(北)(重要文化財)
  • 米蔵(南)(重要文化財)
  • 西門(重要文化財)
  • 西南隅櫓(重要文化財)
  • 本丸御殿(元桂離宮御殿の移築)(重要文化財)

二条城の撮影方法
二条城の撮影方法

二条城の大手門は東向き、唐門と二の丸御殿は南向き。世界遺産で人の多さが半端ないので、撮影は朝一にとうぞ。

二条城の歴史観光スポット
二条城の歴史観光スポット

二條陣屋

是非、訪れてほしいのが「二條陣屋」。二条城の南、徒歩6分。江戸時代後期の豪商の屋敷だが、趣向を凝らした装飾と、隠し階段や武者隠などの防衛建築が見られる。城ファンなら充分に愉しめる。重要文化財指定を受けていて一見の価値あり。要事前電話予約(TEL:075-841-0972)。

信長の旧二条城跡、秀吉の妙顕寺城跡と聚楽第を巡る

城では、豊臣秀吉が京都における拠点として築いた「妙顕寺城跡」が二条城の東、徒歩3分にある。聚楽第を造るまでこの地にいた。または、二条城の真北にある一帯が「聚楽第」。この2点は徒歩圏内なので、一緒に見ておきたい。

2016年1月、立命館大学の矢野桂司教授、京都市平安京創生館(京都アスニー)の手によって、Web上で閲覧できる『平安京跡イメージマップ』が制作された。御土居の位置や聚楽第の石碑と縄張推定図、旧二条城、足利義輝邸跡、各大名の屋敷跡の石碑を網羅。聚楽第は近年、発掘された聚楽第石垣のラインまで地図上で確認することができる。

そのほか、東に足を伸ばせば、旧二条城跡(石碑と京都御所内に石垣・現二条城に移築石垣)や足利義輝邸跡(石碑)もある。また、本能寺跡、秀吉の御土居、ねねの高台寺、各藩屋敷跡の石碑など、京都は実に見どころが多い(詳しい場所は上記Googleマップ参照)。

  • 二条御所(二条殿御池跡石碑)

    二条御所(二条殿御池跡石碑)
  • 足利義輝邸跡(石碑)

    足利義輝邸跡(石碑)
  • 本能寺跡(石碑)

    本能寺跡(石碑)
  • 旧二条城跡(京都御所内の石垣)

    旧二条城跡(京都御所内の石垣)
  • 旧二条城跡(現二条城内の移築石垣)

    旧二条城跡(現二条城内の移築石垣)
  • 旧二条城跡(石碑)

    旧二条城跡(石碑)
  • 妙顕寺城跡(石碑)

    妙顕寺城跡(石碑)
  • 聚楽第

    聚楽第(石碑等)

また、旧二条城の石垣に関連するスポットとして、京都市の洛西竹林公園にも、旧二条城から出土した石仏など転用石が屋外展示されている。

近隣の主要な城

伏見城(京都市伏見区)、勝竜寺城(京都府長岡京市)、淀城(京都市伏見区)など。

二条城のおすすめ旅グルメ
二条城のおすすめ旅グルメ

二条城近辺に飲食処はあまり多くないので、旧二条城へ足を運ぶ道すがら、または、京都駅の飲食店でさくっと済ませるのが良い。京都駅ビルは京料理などの和食や全国各地の有名ラーメン店、洋食、中華などの東アジア料理、カフェなど取りそろう。

以下は代表的な京都のグルメをご紹介。

鱧(はも)

京都の鱧「梅雨の水を飲んで育つ」とも言われる、京都の夏を彩る名物、鱧。湯引きが旨い。生命力が強いため、瀬戸内や若狭湾などの産地から京都に運ぶ際に水が無くても、再び京都で水を与えると生き返ったかのように泳ぎだすことから、重宝されたという。山に囲まれた京都。この新鮮な魚をなんとか食べようと、「骨切り」という技術も生まれた。

京懐石

京懐石元来は茶事の際、亭主が客にふるまった料理からはじまったもの。空腹時、お茶による刺激を避けるために出されたといい、基本は一汁三菜で、京野菜など季節の食材そのものを味わう薄味が主流となっている。

おばんざい

おばんざいおもてなし料理の懐石とは逆に、庶民の食卓に並んでいた総菜がおばんざい。やはり薄味で、毎日たべても飽きないものが多い。

千枚漬け

千枚漬け京野菜のひとつ、聖護院かぶらを使った漬け物。旬は冬。江戸時代の終わりごろ、京都御所の料理方、大藤藤三郎が考案したと伝わる。

八ッ橋

八ッ橋明治期に販売が始まったといわれる、京都を代表するお土産品。当初は堅焼きせんべいが主流だったが、現在は生八ッ橋に人気が集まる。

二条城周辺のホテル・旅館
二条城周辺のホテル・旅館

二条城から堀川通を挟んだ向い側にある二条城が見下ろせる「京都国際ホテル」。余談ながら福井藩邸跡でもある。
京都は国内有数の観光地だけに、旅館やホテルなどは充実している。近年はインバウンドも増加しているため予約しておく方が良い。

二条城のアクセスと観光情報
二条城のアクセスと観光情報

所在地

住所:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541 [MAP] 県別一覧[京都府]

電話:075-841-0096(元離宮二条城事務所)

開館時間

二条城東大手門

8時45分〜16時(閉城17時)
※7〜8月は、8時〜17時(閉城18時)
※9月は、8時〜16時(閉城17時)
毎年12月29日〜31日は閉城

二の丸御殿

8時45分〜16時10分
※7〜8月は、8時45分〜17時10分
毎年12月・1月・7月・8月の毎週火曜日、1月1日〜3日、12月26日〜28日は閉殿

鉄道利用

JR東海道本線、JR京都線、JR山陰本線、JR琵琶湖線、京都駅下車、市バス「京都駅前」から、9、50、101号系統、急行111号系統でバス停「二条城前」下車すぐ。
または、京都市営地下鉄烏丸線、京都駅〜烏丸駅ー乗り換え・東西線「二条城前」駅下車、徒歩すぐ。

マイカー利用

名神高速道路、「京都南」ICから約15分(6.8km)。有料駐車場有り。
第1駐車場(二条城東側・8:15〜18:00 2時間まで1,050円、以降1時間ごと200円)
第3駐車場(二条城南側・8:15〜18:00 2時間まで800円、以降1時間ごと200円)

二条城の覚え書きメモ (8)

  • avatar

    二の丸御殿(国宝)の「車寄」の保存修理が一年四ヶ月をかけ完成したようです。正面玄関にあたる車寄、漆塗りや金具を一新したようで、今では、ここを通って中に入れるようです。ここの屋根、当初は瓦葺きだったそうですが、明治になって、檜の皮葺きになったと書かかれてます。なんで皮葺きにするの??工事費用5千万円とのこと。

    (1998.04.24 城の観光好き)

  • avatar

    信長築城の「足利義昭将軍第 二条城」の石垣は、地下鉄烏丸線の工事で発見され、一部が現二条城と京都御苑内に移築復元されています。京都「御苑」は「御所」を取り巻く公園で、一般の人に出入り自由で開放されています。場所は烏丸通側(西)の一番南の門内北側にあり、高さ1.5メートル、幅5〜6メートルほどが移築復元されていました。石垣は野面積みで、一つだけ突貫工事だった事を偲ばせる石灯篭の一部のようなきれいに角張った(?)石がありました。単に積み上げてあるだけという感じもしましたが、初期の石垣の工法がよく分かる遺構です。

    (1998.05.07 美作屋ゆきえもん)

  • avatar

    98年9月、二条城の堀にアオコが大量発生して、付近の住民の方などから苦情が出ているそうです。行ってみると確かに臭い。緑の水面を泳ぐ水鳥が哀れなり〜。二条城の事務所では年に何回かアオコを回収しているそうですが、すぐにまた元の緑色に戻ってしまうらしいです。堀の底に溜まった四百年分の堆積物が原因だとか…。以前は堀川の水をひいてたそうですが、今は湧き水だけが頼りだそうで水の流れもほとんどないんでしょうね。
    行政では早急にバイオ技術なども含めた対策を練るということです。

    (1998.09.24 にゃんこ)

  • avatar

    二条城には御殿が2つ。重要文化財で旧桂宮御殿を移した本丸御殿と国宝で世界文化遺産でもある二の丸御殿。二の丸御殿は絢爛豪華で桃山時代の内装と建築が堪能できます。尚、今後、内装のふすま絵などの文化財は保存のため、模写されたものに変わっていくとのこと。

    (2000.01.19 城の観光好き)

  • avatar

    二条城のイベント?通常ライトアップとは異なるライトアップはいささかいただけないな。妙なフラッシュはたかれるは、外堀側の城壁には錦鯉が泳いでいるは変な格子模様は映し出されるは、あんなものやめてもらいたい。

    (2003.05.18 チャッチョ)

  • avatar

    二条城の城内をGoogleストリートビューで見られるようになったぞ。

    (2010.03.11 城の観光好き)

  • avatar

    旧二条城で使用した石垣の1部が、二条城の北西側の庭に展示されています。一見わかりにくいので、見落とさないよう注意!

    (2010.10.07 ポメ朗)

  • avatar

    僕が行った時は(昨年)は修復の募金がありましたよ。
    たくさん募金したので、缶バッジ10個くらいもらっちゃった!
    今もやってるのかわからないけれど、やってたら募金してみてください。

    (2014.07.25 城好き中学生)

城の情報

二条城の情報を投稿する

二条城の写真集

何気に関連ありそうな記事