大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡

大坂城東六甲石丁場跡　甲山刻印群
筆者は甲山（かぶとやま）の麓で育った。幼少期から甲山とそのすぐ東にある甲山森林公園、仁川ピクニックセンター、五ヶ池はいわゆる子供の庭だ。仁川の上流域は渓谷となっており、夏は中学時代まで滝壺に飛びこんで遊んだり、魚を捕ったりとよく遊んでいた。甲山森林公園には展望台もあり、大阪湾や生駒山系まで見渡せ夜景も美しい。よく展望台の上にある巨石に乗って遊んでいたものだ。カメラは1982年の中学時代に五ヶ池でデビューした。最初に触ったカメラは、祖父の「Canon AE-1」だった。といった具合にこの辺りはちょっと思い出深い場所だ。

大坂城東六甲石丁場跡　甲山刻印群
甲山森林公園の東麓、仏性ヶ原と展望台の一帯は、徳川大坂城の石垣を築くための石丁場のひとつで、佐賀鍋島藩が管轄した場所だ。その山腹に矢穴や鍋島藩を示す刻印のある石材が数多く残されている。

東六甲石丁場跡
矢穴（やあな）とは、当時は石を切断するために、まず写真のような連続する穴を掘り、そこに楔（くさび）を打ち込んで石を割っていた。その穴を矢穴という。甲山森林公園の軽登山道を歩くと道沿いから見られる矢穴石もある。ここから芦屋市にかけて六甲山からは、徳川大坂城を造るために数多くの花崗岩が川を利用し海へと運ばれ、海路、大坂城へと運び出された。これら採石場は刻印石の分布から「甲山刻印群」「北山刻印群」「越木岩刻印群」「岩ヶ平刻印群」「奥山刻印群」「城山刻印群」という6つのエリアに設定されている。

石丁場での作業行程はざっとこんな感じだ。石を割るためにどんな石が使えるのか、石の回りを掘り大きさを確認、使える石は直方体に加工、谷筋に集めて山から降ろす。「甲山刻印群」は、その行程が、まるで作業途中に時間が止まったかのように、すべて残されているという全国的に見ても珍しい石丁場跡だ。2018年には小豆島に続き「大坂城石垣石丁場跡東六甲石丁場跡」として国史跡に指定されている。

仏性ヶ原の西側斜面は谷筋があり川を伝って石を運びやすいが、東側斜面にも石が残っている。西宮市立郷土資料館の学芸員さんに伺うと、これは仁川から武庫川経由で海まで運ぶ説があるが、その距離からあまり現実的ではないらしい。

ヤバトリ跡・大坂城東六甲石丁場跡　甲山刻印群
写真はヤバトリの跡。学芸員さんのお話では、石の表面が風化によりガサガサになっており、それらを剥がして、密度の高いカチカチの場所まで掘り下げている。石丁場でいうと、それだけ質が悪くその深さが普通じゃないらしい。これだけ掘らないと使える面が出てこないのがこの付近の特徴で、あえてこういう場所を当てられている鍋島藩は苦労したのではないかという。六甲山と甲山は地質的には異なる山だ。六甲山は断層により隆起してできた山だが、甲山は火山で侵食して現在の形となったらしい。こういった違いも関係するのではないかと思われる。

佐賀鍋島家は関ヶ原では西軍につき、多少東軍のために働き所領を安堵され、豊臣を滅ぼすときは東軍に付いている。要するに東軍に付いたのが少し遅い。そのため、芦屋に残る石丁場と比較すると、石の質も悪く、海から遠いという場所があてがわれた。また、大坂城では難易度の高いとされる場所を担当している。

また、学芸員さんのお話では、矢穴は、長い辺の長さはあまり重要でなく、矢の幅に合わせるため、短編の長さが重要なのだとか。ひとつの矢穴を掘るのにプロが道具を気にせずにかかる時間はひとつあたり約１時間。当然ながら道具も摩耗するため、本来はもう少しかかったのではないかとされている。芦屋の方で見つかった建物跡といった痕跡は、今のところ西宮では発見されていない。鍛冶場はノミの補修に必要なのでどこかにあったと考えられている。また、作業中は大坂に泊まるか夜営するかどちらかという命令が出ていたそうだ。ここ甲山では大坂近辺の作業ではないので、夜営している可能性が高いがそういった寝泊まりする建物跡も発見されていない。

大坂城東六甲石丁場跡　甲山刻印群
展望台付近に残る矢穴で、まず線刻を引き、矢穴の場所を決め、矢穴を掘るといった矢穴を造る行程が残されている。

大坂城東六甲石丁場跡　甲山刻印群
矢穴を型式として分類整理したのは、芦屋の藤川祐作氏と森岡秀人氏だ。その分類によると、大坂城東六甲石丁場跡甲山刻印群で見られる矢穴の形状は、ほとんどが「Aタイプ」だ。Aタイプは慶長・元和・寛永期（1596〜1644）に普及した矢穴で、石垣石の規格化、大型化がなされ、それに伴い矢穴が大きくなっている。2021年には豊臣期大坂城の詰め丸石垣の矢穴も間近で見たが、この頃（織豊系城郭）のものは「古Aタイプ」といい、少し丸みを帯びて小さい。