大垣城

住所:岐阜県大垣市郭町2丁目52番地 / 岐阜県 / 城ファンチェック: 4

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

AM9:00~PM5:00(入城はPM4:30まで)、年末年始休館。

交通アクセス・駐車場交通アクセス・駐車場

鉄道利用

JR東海道本線、大垣駅下車、徒歩8分。

マイカー利用

名神高速道路、大垣ICから国道523号線を北へ12分(5.6km)。有料駐車場「市営丸の内駐車場」を利用。駐車場から本丸まで徒歩4分(300m)。

文献資料文献資料

2012年5月に『大垣城の歴史』が大垣市文化財保護協会発行より発行された。内容は大垣城の成り立ちから2010年の天守などの改修まで。大垣城で手に入る。または、「大垣市郷土館」城の裏手。大垣城の縄張りが分かる模型や戸田氏関連のスポットはここで紹介されている。 [光秀 (2012.05.10)][龍鈴 (2002.12.01)]

撮影スポット撮影スポット

大垣城は、平成22年から23年に外壁工事が行われ、白く蘇った。樹木もある程度伐採され、以前のように木々に隠れて天守が見にくいということは無い(がまだ多い)。定番といえば、戸田氏鉄の銅像と天守をセットでどうぞ。

グルメグルメ

大垣市は水の都と呼ばれ、夏には「水饅頭」という名物が駅から大垣城までの道中などで売られています。冷やして食べると美味しいので、一度食べてみてはどうですか?[Y.Akatsuka. (1997.06.20)]

近郊のホテル・旅館近郊のホテル・旅館

駅前にホテルがあるのでベースキャンプにすると良し。
[Y.Akatsuka. (1997.06.20)]

歴史観光スポット歴史観光スポット

 

大垣市郷土館

大垣公園の西にある大垣市郷土館には、是非、足を運んでほしい。現在の大垣城からはその特長が掴みづらいが、資料館にややデフォルメされているが大垣城の城郭模型がある。水堀をふんだんに使った城だったことがよく分かる。今も城内に明治の大洪水の石碑があるが、大垣城は地盤がやわらかく、揖斐川から水門川、新規川を利用して水を引き入れていたため、洪水時に度々、本丸の高さまで水没したらしい。戸田氏鉄(とだうじかね)は、大垣城に入封する前に尼崎城で治水を行っていた。その経験を生かしここ大垣でも治水事業を行い、大垣藩を安定させたといわれている。

大手門跡石碑(廣嶺神社)

大垣市郭町東2丁目にある廣嶺神社に、大手門跡の石碑がひっそりと建っている。東口大手門にあたる。当時の堀は大部分が埋め立てられ、小さな川として残っている。大垣城は戦前まで所々に堀が残っていたらしいが、今は小さな川でその位置を想像するしかない。

徳川家康岡山本陣跡と杭瀬川古戦場跡

関ヶ原の戦いの前哨戦といわれる、杭瀬川の戦い。この時、家康が陣をひいたのが、大垣城の北西4kmに位置する兵陵で、現在はお勝山展望台となっている徳川家康岡山本陣跡。大垣城との間には、杭瀬川が流れおり、その古戦場跡が、岐阜県大垣市南一色町にある日吉神社付近とされている。特に石碑や案内板は無いが杭瀬川の風景を見に訪れるのも良いだろう。岡山本陣跡からさらに北上すると、杭瀬川の戦いで戦死した徳川方の武将、野一色頼母助義の墓と兜塚がある。

大垣城鉄門(移築城門)

かなり遠いが岐阜県各務原市鵜沼西町1丁目に、大垣城の鉄門が移築され現存している。位置的には、犬山城に近いので犬山城を訪れた際に一緒に見ておこう(場所は上記Googleマップにプロットしているのでご確認を)。

そほかの歴史スポット

「常歯神社」、または、大垣城から南西に徒歩10分程度のところに、松尾芭蕉で有名な「奥の細道結びの地」があります。わかりやすいように石碑が建っています。帰りは、大垣駅に帰るよりも近鉄の西大垣駅から大垣まで電車で行くかバスを利用すると良いと思います。または、関ヶ原古戦場・岐阜城。また、4km離れたところに家康が陣をしいた赤坂の地があります。杭瀬川も見てください。前日、島左近が攻撃を仕掛けました。また、鵜沼宿には大垣城の鉄門が移築されています。 [Y.Akatsuka. (1997.06.20)][宮川雄多 (1997.10.09)]

城ファンチェック (4)

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    1997.06.20 Y.Akatsuka. さんより

    このお城はコンクリートの復興天守。都市は祭りの多いところです。行くときは大垣市の観光協会等に問い合わせてから行くとばっちりです。

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    1997.06.20 Y.Akatsuka. さんより

    城内は江戸時代の城主戸田氏に関係する資料が多くあります。その中でに何故か、真田の六連銭の図柄の入った軍配が展示してあります。

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    2002.12.01 龍鈴 さんより

    関が原の合戦時戦場になったはずなのに、あまりメジャーじゃないお城です。おあむという女性が、戦時父親が家康の書道の師であった関係で救われ、彼女達が大垣城を脱出する際に利用した松…の2代目(初代は枯れたそうです)が植えてあります。そんな彼女の日記が、貴重な資料として高名ですね。その名も「おあむ日記」だと思いましたが。

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    2002.12.01 龍鈴 さんより

    真田の六連銭の図柄の入った軍配…確か氏鉄の伯父の家紋で、真田家とは関係ないそうです。大垣図書館で調べることができます。

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