高遠城
高遠城は14世紀頃に高遠氏の勢力下にあり、天文14年(1545)に武田晴信(信玄)が奪取して信濃支配の拠点となり、天正10年(1582)の甲州征伐で落城した。藤沢川と三峰川に挟まれた段丘上に築かれ、本丸を中心に二ノ丸・三ノ丸を配する梯郭式平山城で、土塁や空堀を主体とした構造を持つ。現在は城址公園として整備され、桜の名所としても知られる。このページでは高遠城の歴史や構造、遺構と見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
明石城
明石城は元和4年(1618)に徳川秀忠の命で築城が始まり、小笠原忠真が整備した。人丸山の舌状台地先端に本丸を置く梯郭式の平山城で、長大な石垣が要となる。現存する巽櫓・坤櫓と眺望、石垣刻印も見どころだ。このページでは歴史と構造、櫓や撮影ポイント、周辺史跡を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
能島城
能島城は、瀬戸内海の芸予諸島に浮かぶ島に築かれ、戦国期に能島村上氏(村上水軍)が拠点とした海の城だ。大島と伯方島の海峡に位置し、島全体を要塞化した縄張と激しい潮流が守りを固めていた。岩礁ピットや武者走りなどの遺構が残り、海上からの眺望も見どころとなっている。このページでは能島城の歴史や構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
観音寺城
観音寺城は応仁・文明年間(1467~1487)、六角氏頼が繖山に築いた城で、六角氏の本拠として発展した。山頂から山麓の石寺に至る広大な城域を持つ山城で、多数の石垣や石段、曲輪が連なる大規模な構造で知られる。現在も平井丸虎口や大石垣などの遺構が残り、戦国山城の姿をよく伝える。このページでは観音寺城の歴史や構造、見どころや撮影スポットを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
篠山城
篠山城は慶長14年(1609)、徳川家康の命で天下普請として築かれ、大名への抑えと大坂城への備えを担った。輪郭式の平城で、枡形虎口や馬出、内外堀を備え、本丸には天守台が築かれたが天守は建てられなかった。木造復元の大書院や高石垣、堀は撮影が楽しい。このページでは歴史と構造、見どころと撮影ポイントを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
浦添城
浦添城は、琉球王国成立以前からの拠点とされるグスクで、浦添の丘陵上に築かれた。約90mの高地に立地し、石垣の城壁や城内の祭場、首里城へ続く石畳道などが特徴。現在は浦添ようどれや石垣、城壁跡などが残り、前田高地として沖縄戦の激戦地となった歴史も伝える。このページでは浦添城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
苗木城
苗木城は天文初年(1532頃)、遠山氏の本拠として木曽川北岸の高森山に築かれた山城だ。絶壁の地形と巨石を利用した石垣を生かした独特の縄張が特徴で、近世に至るまで山城の姿を保ち続けた。現在は天守跡から恵那峡を望む眺望が魅力で、このページでは歴史や構造、整備状況を写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
洲本城
洲本城は大永6年(1526)、安宅治興が三熊山に築いた城を起源とし、天正13年(1585)に脇坂安治によって近世城郭へと整えられた。山上の曲輪群と山麓の城館が連動する構造を持ち、尾根に築かれた登り石垣が大きな特徴となっている。現在も石垣や天守台、登り石垣が残り、山上からは大阪湾を望む眺望が広がる。このページでは洲本城の歴史と構造、遺構や撮影ポイントを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
伏見城
伏見城は文禄元年(1592)、豊臣秀吉が隠居屋敷として築いた指月伏見城を起源とし、のち木幡山に再建された城である。宇治川の流路改修などにより水運と街道を城下に集中させた城下町が発展した。木幡山の中心部は明治天皇陵となっており立ち入りはできないが、その痕跡は周囲に見られる。このページでは伏見城の歴史と見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






