島原城

住所:長崎県島原市城内1丁目1183-1 / 長崎県 / 城ファンチェック: 11

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

天守は9:00〜17:30、無休。天守前までは開館時間前でも行くことができる。

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

島原鉄道、島原駅下車、徒歩8分。

マイカー利用

長崎自動車道、諫早ICから、66分(約42km)。島原城の西側から天守前まで車で入ることができる。天守前に無料駐車場(約90台)有り。 熊本方面からは、熊本港フェリーターミナルから島原外港まで、熊本フェリー約30分(オーシャンアロー)。または九商フェリー約60分。島原外港から島原城まで約3km(10分)。

文献資料文献資料

常盤歴史資料館

本光寺近くの常盤歴史資料館には、島原城絵図と幾つかのお城の絵図のほか、信長が家康に宛てた書状も展示してあります。 また、島原の乱古文書も売られている。 [林田公範 (1999.11.04)]

撮影アドバイス撮影アドバイス

天守前の駐車場をうまく隠すべし

島原城天守島原城天守前は駐車場となっているため、素直に天守を写そうと思うと、思いっきり車がアングルに入り苦労するが、西三重櫓前がちょうど少し高くなっていて、そこから狙うと植木で駐車場を隠すアングルが得られるぞ。

 

本丸南面を捉えるべし

島原城島原城は天守復興時に、主に、本丸南面の景観が整備されている。屏風折れの石垣が城の堅固さを物語る風景だ。南東角の堀越しから本丸をどうぞ。

 

島原城と眉山また、「島原大変肥後迷惑」で知られる、寛政4年(1792)の火山性地震で山体崩壊の様子が窺える眉山が、島原城に覆い被さるかのように見える風景が印象的だ。こちらも同じ場所で石垣と眉山をセットでどうぞ。

かつて12月になると、島原城天守がクリスマスツリーと化すイルミネーション付きのライトアップがされていた時期があったが、現在、12月は通常のライトアップが行われている。

近郊グルメ近郊グルメ

しまばら水屋敷

しまばら水屋敷湧き水が池を成す明治5年建築の旧家「しまばら水屋敷」の縁側でかんざらしを食すべし。または島原城内の売店で「寒ざらし」という団子を。このあたりの名産。また、島原の10・11月は渡りガニが美味しい。身はあまりないが味噌が多い。その他、そうめんも有名。武家屋敷群に足をのばせば分かるが用水路に鯉が泳ぐほど水が美しい。島原の乱の後、極度に減った人口を増やすため兵庫県の淡路島からの移民が多かったそうで、そうめんの技術もそこから伝わった。 [林田公範 (1999.11.04)]

宿泊宿泊

大手門跡すぐ近くにある「島原ステーションホテル」が、島原城に最も近く良いぞ。ほかに2件あるが少し離れている。

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大手門跡の石碑と石垣を忘れずに

と書いている筆者が忘れてしまったのだが、撮影アドバイスで紹介している本丸の堀、南東隅から南へ100m下ったところに、大手門跡の石碑と石垣が残っているぞ。

 

鉄砲町

島原城・鉄砲町まっすぐに伸びる道、道の真ん中を流れる清流、両側の武家屋敷と当時の城下町をしのぶことのできる絶好のスポットで鉄砲町という。扶持取70石以下の武士が住んでいた筋で、中央に流れる清水は生活用水に使われていた。これほど一直線に伸びた筋は、今となっては珍しい。武家屋敷も残る。

 

鐘撞堂(時鐘楼)

島原城・鐘撞堂(時鐘楼)延宝3年(1675)に、島原藩主、松平忠房が時刻を知らせるため鐘楼を建立。269年間、鐘がつかれていたが、第二次世界対戦時の金属供出命令によって無くなり、昭和48年頃、地元の人たちによって復元された。島原城の外郭は7門(大手・諫早・桜・田町・先魁・東虎口・西虎口)で守られていたが、西虎口跡がこの坂の上にある(特に遺構は無い)。

 

本光寺

島原城・本光寺松平家の菩提寺で駿河からきている。本光寺には、島原藩主深溝松平家墓所があり、格調の高い朱塗りの山門は、敷居の高さが島原城天守と同じ高さにあると言われ、天守の上に先祖の墓所を設けたとされる。

 

沖田畷古戦場跡

沖田畷古戦場跡・龍造寺隆信の墓天正12年(1584)、龍造寺隆信 vs 有馬晴信・島津家久の合戦がありこれを「沖田畷の戦い」という。発端は、龍造寺氏に反旗を翻した有馬晴信の征伐で、晴信が島津氏に救援を要請、島津氏の武将川上忠堅に龍造寺隆信は討ち取られた。大阪の四條畷など、「畷(なわて)」とついている地名は、湿地帯に伸びる細い道を指す。当時、森岳城(島原城)付近はそういった地形で、沖田畷古戦場は、交通の要衝だったのだろう。沖田畷古戦場跡には、龍造寺隆信の供養塔が建っている。

 

付近の有名なお城

ここまで来れば、日野江城原城鍋島陣屋を見逃すなかれ。

城ファンチェック (11)

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    1997.09.01 YASUHIRO-NOZAWA さんより

    建造当時は4万石(後に加増されて7万石)だったそうですが、それにしては不釣り合いに大きいですね。これの建造のために労役や年貢がきつくなって島原の乱のおきた一因になったそうですが、さもありなん。

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    1997.09.01 YASUHIRO-NOZAWA さんより

    レシーバーを貸してくれるのでガイド無しで説明が聞けるのですが、性能が悪くて混信したりしてあまり役にたちません。

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    1998.01.06 林田公範 さんより

    クリスマスに意気揚々と島原城に乗り込みましたが……な、なんと!天守閣がクリスマスツリーになってる?!愕然…夜になると天守閣がイルミネーションでピッカピカのチッカチカになるそうな。「だれじゃーこんなん考えたヤツは!!」と叫びたい気持ちを抑えつつ、トボトボと家路につきました。くそっ!お城をなんだと思ってるんだ!!

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    1999.11.04 林田公範 さんより

    現在、本丸、二の丸の郭とその石垣を残す。天守は世に言う第一期天守築城ブームのコンクリート再建時の復興天守。中は資料館になっている。また、本丸までの道路は当時は全くなかったもので全くのウソ。本来は二の丸よりのみ本丸に入れた。

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    1999.11.04 林田公範 さんより

    雲仙普賢岳でも名を知る人が多いが、このあたりの火山地帯。島原各所で見られる石垣も火山岩を切石にし使用している。

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    1999.11.04 半兵衛 さんより

    ライトアップは夜10時まで。それ以後は天守最上階のみ明かりが灯る。

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    1999.11.04 半兵衛 さんより

    石垣の高さや規模は立派な近世城郭。一揆に対抗するためか、九州北部ではかなり頑丈な城だ。

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    1999.11.04 半兵衛 さんより

    城内ではハスの花が有名。一般的な白い蓮ではなく酔妃蓮という種類で珍しいもの。明治17年に食用として植えられたらしい。

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    2002.09.17 右近 さんより

    松倉重政が、4万3千石なのに10万石以上の規模の島原城を造りました。息子(勝家)の代に島原の乱を起こしたことは有名です。余談ですが「三成に過ぎたるものが2つあり」の佐和山城と左近(島左近)なのですが、島左近が筒井氏の家臣時代に、筒井氏の両翼とされたもう一人が、島原城を築いた松倉重信で「右近」と呼ばれていました。

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    2003.08.17 無花果 さんより

    島原城は、桜が有名ですが、実は梅も有名なんです。古野梅園・島原城梅園・菖蒲園等があります。実際私も、取材に行きましたが、とても綺麗でした!あと、同じく城内に売店があるのですが、売店の外にプリクラ機が置いてあります!結構笑えるフレームがあるので、一度お試し下さい! あと、12月〜1月には天守閣やお堀端の桜の並木260本も1万2千個の電球で飾られます。幻想的な桜並木の中を、偶にカップルが歩いてたりもします。12月と言えば、大晦日に島原城でカウントダウンがあるのですが、毎年微妙な芸能人を呼びます!それ以外にも、レーザーショーや年越しそばを無料で配ったり見所はあります!市内で一番大きなイベントなので、どうせなら冬に島原に来る事をおすすめします。

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    2017.11.17 地蔵 さんより

    島原城天守は層塔型で、破風などの装飾がなく珍しい形。逓減率が一定(同じ比率)で積み上げられている。桁行や梁閒などまったく同じ寸法ということらしい。現在の天守は、外観を踏襲したかたちとなっている。また、当時は五層まで、なまこ塀だったとする説がある。

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