八代城の歴史・見どころ

八代城(やつしろじょう)は、日本三急流のひとつ球磨川の河口北岸、松江の地に築かれた平城だ。その誕生のきっかけは、元和5年(1619)に肥後一帯を襲った大地震だった。球磨川河口近くの麦島城が壊滅的な打撃を受けて廃城を余儀なくされると、熊本城主・加藤忠広は幕府に新たな築城を願い出てこれを許され、家老の加藤正方に命じて元和6年(1620)から普請を開始させた。元和8年(1622)2月に竣工した「松江城」とも呼ばれるこの城が、現在われわれが八代城と呼ぶ城だ。

一国一城令が発布されて7年後というのに、幕府がこの築城を認めたのは、南の大藩・薩摩への備えという現実的な理由があったからだろう。熊本城と八代城という二城体制は、九州における政治的・軍事的均衡を保つうえで欠かせぬものだった。

寛永9年(1632)、加藤忠広は理由定かならぬまま改易となり、細川忠利が熊本に入封する。これにともない、忠利の父・細川忠興(三斎)が幕府の内命を受けて豊前中津城より入城し、北の丸に居所を定めた。天下に聞こえた文化人にして武人である三斎が、晩年を過ごしたのがこの城だ。正保2年(1645)、八十三歳で没した忠興のあと、藩主光尚は重臣・松井興長を八代城主とした。

松井氏はもと長岡氏といい、細川幽斎ゆかりの家柄だ。その祖・康之は将軍足利義輝・義昭に仕え、長岡藤孝(細川幽斎)とともに足利幕府の再興に尽力した。天正7年(1579)に藤孝が丹後一国の領主となると、康之は織田信長から丹後のうち一万三千石を与えられ、慶長4年(1599)には豊後国杵築城の城代となった。細川氏の水軍を率いた康之の子・興長が、海に臨む城郭の主に選ばれたのは、いかにも必然だった。以後、松井氏は二百二十五年にわたって八代城に居城し、明治3年(1870)の廃城まで代々この地を治めた。

なお、寛文12年(1672)には落雷により天守・櫓・長塀が焼失し、15人の事故死を出す惨事となった。寛政9年(1797)にも再び落雷で本丸大書院と三階櫓などを失っている。大書院こそ再建されたものの、天守はついに再建されることなく、城はその姿を変えながら明治を迎えた。俳諧の祖・西山宗因は加藤正方の家臣であったといい、廊下橋門内には昭和40年(1965)に建てられた宗因の句碑が今も残る。また本丸内には、南朝の征西将軍・懐良親王を祀る八代宮が鎮座している。

八代城の特徴と構造

八代城は、麦島城の石材を転用し、名古屋城の様式を小型化したとされる、ほぼ方形の本丸を中心とした平城だ。本丸を軸に、南東に二の丸、南西に三の丸、北西に北の丸、北東に出丸を配した五つの郭が城を二重に取り囲む縄張りで、それぞれ水堀によって区切られている。

天守は本丸北西の最高所に設けられ、地階1階4層5階の大天守と、これに連結した2層2階の小天守がそびえた。大天守台の石垣は美しい扇の勾配を描き、本丸各隅には月見櫓・三階櫓などが配されていた。石垣には地元八代産の石灰岩が多用されており、加工の難しいこの石材を見事に積み上げた技術は当時の石工たちの腕の高さを今に伝える。縄張りには敵を惑わす「ひずみ」や「桝形」が随所に取り入れられ、西の堀には鋭い棘をもつ鬼蓮が繁茂して堀を泳いでの侵入を阻んだという。平城でありながら、球磨川・前川・八代海という天然の要害に守られた、堅固な城だった。

八代城高麗門跡・欄干橋跡
本丸虎口跡。欄干橋を渡って高麗門へ至る構造で、枡形虎口の形状がよく分かる。
八代城小天守台と地階入口
小天守台は石垣上部には地階へ通じる入口が残り、天守構造の一端を伝える。
八代城の石垣風景
内堀を囲む石垣が連続し、曲輪の輪郭を明確に示す。水面と石垣が織りなす景観が城郭の構造美を際立たせる。

八代城の整備状況

八代城は明治以降、二の丸・三の丸・出丸などの石垣が次々と取り崩され、特に昭和10年(1935)ごろの区画整理によって外堀の埋め立てが進んだ。残った石垣さえセメント工場へ売り払われようとしたというから、廃城後の荒廃ぶりは相当なものだった。昭和54年(1979)から57年(1982)にかけて本丸石垣の修復工事と発掘調査が実施され、保存への取り組みが本格化した。

現在は水堀に囲まれた本丸跡が市民公園として整備され、天守台・石垣・堀が往時の面影を残している。平成26年(2014)3月には、古麓城跡・麦島城跡とあわせて「⼋代城跡群 古麓城跡 ⻨島城跡 ⼋代城跡」として国指定史跡となった。八代市初の国指定史跡であり、複数の城跡をひとつにまとめて指定した熊本県内初の事例でもある。

参考文献:

  • 『日本城郭大系15』城郭資料(新人物往来社)
  • Webサイト「八代城」(八代市立博物館)
  • リーフレット『八代城』(八代市立博物館友の会)

八代城の撮影スポット・絶景ポイント

八代城の写真集

城郭カメラマンが撮影した「お城めぐりFAN LIBRARY」には、八代城の魅力を映す写真が並ぶ。事前に目にしておけば現地での発見が鮮やかになり、旅の余韻もいっそう深まる。

八代城周辺の観光スポット・史跡めぐり

本成寺にある移築城門

八代城移築城門(本成寺)本成寺には八代城本丸の表枡形門にあった高麗門「欄干橋門」が移築され、城門の遺構として現在に伝わっている。

八代城から広がる城めぐり

熊本県の名城

熊本県に残る多彩な名城をめぐり歴史をたどる。

八代城アクセス・駐車場・営業時間

所在地

住所:熊本県八代市松江城町7 [地図を見る]

県別一覧:[熊本県の城]

電話0965-34-5555(八代市教育委員会)

アクセス

鉄道利用

JR鹿児島本線、八代駅下車、バス10分「八代宮前」降車すぐ

マイカー利用

九州自動車道、八代ICカラ西ヘ10分(5.5km)。

地図