竹田城の雲海・国内旅行観光情報

所在地:兵庫県朝来市和田山町竹田

竹田城写真

写真:岡 泰行

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竹田城雲海写真ライブラリー

旅行観光情報

開館

24時間無料で入山可能。ただし、12月下旬あたりから2月までは積雪があり危険。また雲海を夜明け前から狙うときなど虎臥山の山頂にあるため暗くて危険だ。充分に注意しよう。

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アクセス

[鉄道] JR播但線、竹田駅下車、徒歩30分。海抜352m、虎臥山の山頂が竹田城跡。山頂までは車で登ることができる。電車で攻める場合は、竹田駅のとなり和田山駅でタクシーを(和田山タクシー:079-672-2807)。20分程度。竹田駅は悲しいかな無人駅。この辺り、列車の時刻には充分に注意をはらおう。1時間に1本なり。ちなみに竹田駅の西側にある法樹寺の北側から徒歩で、途中石切場などを見ながら登城もできるが急勾配の徒歩30分。

[自動車] 播但連絡道路、和田山ICから、国道312号線を南へ約10分。城山へ登る車道は2つあり、加都交差点から入る登りやすい車道と、竹田交差点から進む急勾配の車道がある。いずれも、北千畳下の無料駐車場(15台程度)に着く。ちなみに駐車場を通り過ぎて大手門跡前まで車道が続くが、大手門跡前に停められる台数は約3台。雲海狙いだとここに停めるには朝3時頃でないと空いていない。雲海未経験者は暗所で狭いスペースでのUターンが至難の業なのでできるだけ前述の駐車場狙いが良い。

資料

竹田城の立体模型が、JR竹田駅構内の「和田山観光案内所(月・木が定休日)」に展示されている。

書籍では、その昔、和田山町が発行していた「史跡 竹田城跡」が良い。すでに絶版になっているがたまに古本オークションなどでお目にかかれる。竹田城はもとより、その詳細な縄張り図、城下町の構造や眼鏡橋方面の当時の家臣屋敷跡、竹田城の支城の場所など明確に記されている。竹田城とその城下町など全体像が解る本として一押しの書籍。

この詳細な縄張り図は、竪堀も記載された精巧なもので、竹田城に建つ看板掲載のものとは異なる。竹田城南側の閉鎖された「観光情報センター」へ行く道と竹田城へ登る車道の分岐点に、この縄張り図が掲載された看板が設置されている。

撮影アドバイス

代表するアングルは3つある。竹田城内では、北千畳の一番西側から本丸の風景、天守台より南千畳を望む風景が代表的アングル。また、東にある山の立雲峡に登れば、虎臥山が麓から頂上までその全体が望める。立雲峡は桜の名所であり、雲海シーズンになれば、雲海に浮かぶ竹田城をまるで海に浮かぶ船のようにアングルが得られる撮影ポイント。

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グルメ

このあたりは神戸牛のルーツ但馬牛を。「但馬牛焼肉 竹田屋」(TEL:079-674-0464)で。または、竹田城駐車場から安井方面へすぐの山城の里「清たけ」で郷土料理を(休業していることも)。

播磨屋但馬牛でなく、旅情ただよう場所でという人には、ちょっと足を伸ばして是非行ってほしいところがある。兵庫県では、おかき処で有名な「播磨屋 生野総本店」(TEL:079-679-4565)である。JRで言うと竹田駅を姫路方面へ一駅の新井駅からタクシーで10分程度のところにある(竹田城跡から20分程度)風情のある囲炉裏ばたでいただく「お蕎麦」(大福ぜんざいも)が絶品。

そば一番奥の部屋を指名すると良いぞ。なお、車で竹田城から国道312号線を南下すると左手に現れるのだが、思わず見落とすほど発見が難しい。播但道生野北出口のそばにあるが、道路からはほとんど店があることは分からない。お気をつけて。

宿泊

JR竹田駅から徒歩3分の「中井屋旅館」(TEL:079-674-2030)、またはJR和田山駅近郊にホテルが数軒ある。

近郊歴史スポット

法樹寺竹田城の駐車場横には山名氏と赤松氏の供養塔がある。この辺りは山名と赤松の激戦地。余談だが両家は今に続いているらしい。

また、JR竹田駅の駅前の法樹寺に足を運んでほしい。白壁には鉄砲狭間がある。緊急時、砦になるとのこと。鉄砲の弾痕もあったというウワサがあったが、2005年10月20日の台風23号の影響で裏山が崩落し、境内にあった石垣も崩落した。境内には竹田城最後の城主、赤松広秀の墓が残る。ちなみにこの法樹寺の前の道は旧街道。そして法樹寺の北側には竹田城への当時のルートである登山道がある。

生野銀山また、ちょっと足を伸ばせば、「生野銀山」。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が、佐渡の金山とならび財源にした採掘場だ。坑道の距離が総延長350kmというから東京〜仙台間の距離に匹敵する。そのうち1kmの坑道を歩くことができる(所要時間は約40分)。当時の坑道を掘り進むスピードは1ヶ月に30cm、実際に目にすることで銀の産出がいかに労力が必要で危険な作業なのかが伝わる。ガイドを頼むとなお面白いぞ。

余談ながら現地の古老によると、この地はもともと「死野(しの)」と言ったらしく、それでは縁起が悪いからと「生野(いくの)」になったのだとか。


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竹田城の麓、南側にあった資料館「観光情報センター」は今はなく、竹田城の立体模型は、JR竹田駅構内に新しくできた「和田山観光案内所(月・木が定休日)」に移設された(観光情報センターに展示されていた資料の多くは所有者に返還)。また、竹田城の西側にある「山城の郷(水曜定休日)」2階に、2010年8月28日に簡単な資料が展示された。地元では、2012年あたりを目処に竹田城に関する資料館を新設する動きがあるそうだ。

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投稿情報 〜みんなはこんなところをチェックしています〜

僕、竹田城のある和田山町の出身です。竹田城には、学校の遠足とかでよく登りました(歩いて)。ところで、竹田城の向かいの山にある立雲峡は桜の名所です。春に登るといいかも。もちろん竹田城からも見える。冬はよく朝霧が出るので、夜明けから早朝がいいです。

投稿者:よしき(99.03.03)

車で竹田城に向かう道は、まさに山道!入り口もよく確認しなければ特に、表示板もなし!しかも駐車場から石垣の見える山頂へ上る道は、チョットした登山のよう。ぬかるんでいる可能性あり。間違ってもヒールを履いていくことは不可能!!妻を連れていって エライ怒られました…。

投稿者:let's groove(98.01.01)

ドライブの途中で偶然に発見しましたが、まさに「天空の城」といった趣のすばらしい城跡でした。ふもとから見上げた迫力もさることながら、天守台からの眺めも絶句ものです。すっかり陶酔してしみました。

投稿者:林田公範(97.09.04)

3年前、大阪に転勤になったのをキッカケに単車でお城巡りをしました。竹田城も道を探しながらやっとこ見つけて大感激。今は神奈川に戻りましたが、今でもあの光景は忘れられない。

投稿者:うんの(98.10.23)

石垣の竹田城は有名ですが、現在の竹田城が中世の山城の上に乗っかっているのはご存知でしたか?舗装されている登山道を登るとき、崖面をよく観察してみましょう。中世の竹田城の大きな竪堀を見ることが出来ます(ただし、夏は見にくいかも)。その他、城山のあちこちに中世の竹田城時代の曲輪を見ることができます。

投稿者:たなべ(99.12.24)

竹田城の石垣は、地元の方の話によると、積み上げるのに15年かかったそうだ。当時、普請に百姓がかり出され、「田んぼには木が生えた」という話が残っている。その作業、どんなものだったのだろうか…。

投稿者:半兵衛(96.04.12)

城内の随所で、門跡などを示すポールが立っているが、その昔はこれが白かった。近年になってこれが茶色に塗られたのだが、自治体の人の話によると、写真家から要望があって茶色に塗ったそうだ。写真の中でそのポールが目立ちすぎるのだとか。個人的には白いポールの方がずっと良かったかも…。

投稿者:半兵衛(05.11.15)

石垣が魅力の竹田城。石垣の出角を積む技法である「算木積」が大成される前のちょうど過渡期が見られるぞ。扇の勾配を出すために角石の間に小さな石の板を入れていることがここ竹田城では確認できる。

投稿者:半兵衛(05.11.15)

実は彦根城伊予松山城とならび、「登り石垣」が確認できる城のひとつ。といって簡単に見られるわけではなく、西側斜面に井戸跡があるがそこをさらに下らなければならない。かなり危険。

投稿者:半兵衛(05.11.15)

やけに城に詳しいタクシー運転手さんに色々伺ったが、こんな話も…。占い師の方を乗せたとき「竹田城跡は世に出るまであと3年はかかる!」と言われたそうな。その4年後に角川映画「天と地と」に使われ、有名になったという。

投稿者:半兵衛(96.04.12)

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