姫路城の歴史・見どころ

姫路城(ひめじじょう)は、法隆寺とともに日本で初めてUNESCO世界遺産に登録された城だ。UNESCOは、当初、主にヨーロッパなどで石造の建造物を見てきており、木造建築物の登録に懐疑的だったが、保存されている過去の姫路城の部材を見て、必要箇所を交換するなど木造建築物のメンテナンスを経て、長い歴史を刻んでいることを知った。これにより姫路城は世界遺産に登録されることとなった。国内においても、国宝8棟(大天守群)、重要文化財74棟と多数の文化財指定を受けている。ひとつの城でこれほどの残存規模は他に類を見ず奇跡といっていい。本ページでは、城郭カメラマンが姫路城の歴史や構造、目に見える特徴やその見どころを深掘り解説していく。

姫路城の歴史

姫路城は、播磨の守護、元徳3年(1331)、赤松則村が砦を築いたのがはじまり。その子、貞範が正平3年(1348)頃に、居城として築城した。その後、室町時代を通して赤松氏の城で、その家臣、小寺氏が入っていた。天文14年(1545)、小寺氏は御着に新たに城を築き(御着城)、姫路城には、小寺氏の家臣、黒田職隆が入った。天正5年(1577)、信長の命で秀吉が、三木城別所氏を滅ぼし、姫路城に入り、3層の天守を築いた。秀吉が姫路城に入ることができたのは、黒田官兵衛、後の如水によるものである。この姫路城を拠点に中国の毛利勢と戦うことになる。

天正10年(1582)、本能寺の変が起こり、秀吉がこの姫路城を経由し、山崎まで向かったのは言うまでもない。世に言う中国大返しである。秀吉は後、大坂城を居城とし、姫路城には、秀長、ついで木下定家を入封させた。

慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いで戦功をたてた池田輝政が入封、このとき、9年の歳月をかけ本格的に拡張し、現在の5層6階地下1階の天守閣を築いた。池田氏のあと、本多忠政が入城し、西の丸、三の丸と増改築を行い、郡山松平氏、山形松平氏、榊原氏、越後松平氏、再び本田氏、榊原氏と経て、1749(寛延2)年、酒井氏が入封、明治を迎えた。姫路城の瓦に様々な家紋が見られるのはこれら歴代城主のものだ。

池田時代の拡張は、52万石という規模に合わせてのものと、毛利家という豊臣大々名と九州四国を含めた西国探題の目的が背景にある。そのため播磨、備前、淡路を一族で固めた三国支配を固めていく政策をとる。これにちなんで三国濠という名の水堀が姫路城内に残る。

秀吉時代の天守や石垣は、現在の天守群ほか、多くの建物に転用されたらしい。中でも乾小天守は用材の多くがその転用材であることが判明している。3つの小天守(東小天守乾小天守西小天守)とそれらを結ぶ、渡櫓(イの渡櫓ロの渡櫓ハの渡櫓二の渡櫓)、大天守、豊臣秀頼の正室、千姫ゆかりの西の丸長局や化粧櫓ほか、城門や櫓が多数現存しており、近年、世界文化遺産となって、日本の城で最も優美な城として世界に親しまれている。

参考文献:『日本城郭大系12』(新人物往来社)、『探訪ブックス城5近畿の城』(小学館)、『姫路市史 第14巻』(姫路市)

姫路城の特徴と構造

白漆喰で塗り込められた優美な外観から「白鷺城」とも称される姫路城は、連立式天守を採用した極めて精緻な構造をもつ。大天守を中心に、東・西・乾の三小天守を渡櫓で堅牢に連結し、複雑な導線と高低差を活かした防御機能を備える。総石垣造の曲輪構成は、敵兵を迷わせる意図のもとに入り組んだ通路や枡形虎口を巧みに配し、築城技術の粋を集めた完成形といって差し支えない。静けさの中に、張り詰めた機能美が漂っている。

大天守の構造美と歴史を読み解く ― 秘められた技法と変遷を覗く旅

姫路城の大天守は、ただ壮麗な姿を誇る建造物ではない。その内部には、築造期から昭和の修理に至るまでの歴史が静かに折り重なっている。地階から六階まで、各階ごとに異なる構造と意匠が施されている。空間の造りや東大柱の継ぎ替え、出格子、石打棚に至るまで、巧緻な技術が随所に光る。

天守群エキスパートガイド ― 小天守と渡櫓で知る姫路城の設計思想

姫路城の美は、大天守だけでは語り尽くせない。東小天守、乾小天守、西小天守の三基が、渡櫓によって堅実に連結され、天守群としての完成度を高めている。その配置や接続の構造には、攻防の合理性と機能美が巧みに織り込まれている。各櫓や城門に見られる戦術的な意図と精緻な築城設計は、静かにその全容を物語っている。

櫓と城門の美学 ― 機能と緊張が息づく姫路城の見どころ

姫路城を歩けば、天守以外の構造物にも目を奪われる。連続して配された櫓や、登城路に点在する城門の数々は、いずれも攻防の思想に貫かれた実戦的な建築である。視界を遮り、進路を折り、静かに敵を迎え撃つ構造は、築城者の用意周到な意図を感じさせる。白漆喰の美しさに包まれたそれらの建物には、機能と緊張が共存し、城の静かな迫力を形づくっている。

姫路城の撮影スポット・絶景ポイント

姫路城ほど見る角度で表情を変える城はない。姫路城を城外から眺める絶好の撮影スポットを紹介する。姫路では絵になる「姫路十景」がよく紹介されているが、建築美に絞ったアングルが得られる6つの撮影スポット。

姫路城の写真集

城郭カメラマンが撮影した「お城めぐりFAN LIBRARY」には、姫路城の魅力を映す写真が並ぶ。事前に目にしておけば現地での発見が鮮やかになり、旅の余韻もいっそう深まる。

姫路城周辺の観光スポット・史跡めぐり

兵庫県立歴史博物館

姫路城大天守の東大柱の切断された旧材姫路城の北にある「兵庫県立歴史博物館」。城郭に関する展示が多くお城ファンは足を運んでおきたい。丸岡城犬山城松本城彦根城、姫路城の天守閣の模型が同じ縮尺で並び、見て分かりやすい展示になっている。姫路城大天守の東大柱が昭和の大修理で根元を台湾桧で継いだのだが、切断された旧材が兵庫県立歴史博物館で展示されている。おまけに甲冑や十二単の試着ができるかも。 または、その北にある「姫路市立城郭研究室」。現地で姫路城に関する図書資料や写真資料が閲覧できる。

千姫天満宮や長壁神社

城の外郭を見てまわるだけでも充分な見応えのある姫路城。ついでに男山の千姫天満宮、好古園(日本庭園)、長壁神社(おさかべじんじゃ)へどうぞ。長壁神社は地元の祭り「ゆかた祭り」で親しまている神社。姫路城天守最上階にも長壁神社があるが、その昔、姫路城築城の際に城外へ移築され、現在は長壁神社筋と魚町通の交差するところにある。詳しくは上記Googleマップをチェック。

川御座船

姫路藩御座船江戸時代の姫路藩主が河川の遊覧に使用していた『川御座船』の屋形部分が相楽園(神戸市中央区)に移築現存している。本多家が入封した時期に造られたものと推定され、細部が装飾され繊細で豪華な造り。

御着城

御着城姫路城は黒田官兵衛ゆかりの城だった。というわけで、お城ではJR姫路駅から東へひと駅の御着城。播磨守護職赤松氏の家臣、小寺氏の居城で、1519年(永正16年)築城のこの辺りの中心的存在の城だった。黒田官兵衛は小寺氏の家臣で織田方についたのは有名な話。御着城址のすぐ横には、黒田孝高の祖父・黒田重隆の廟所もある。

姫路城から広がる城めぐり

近郊の城

ここまでくれば、ほかに有名な城をという人は、姫路から北へ車(播但自動車道)で1時間、電車(JR播但線)なら2時間の距離にある竹田城へどうぞ。雲海の季節(晩秋)なら姫路で宿泊し翌朝攻めるのもいいかも。

播磨の近世四城

播磨国に築かれた近世城郭を歩くなら、姫路・赤穂・龍野・明石の四城は欠かせない。

秀吉の出世城

秀吉の歩みを城でたどるなら、姫路城はその重要な一角だ。

豊臣秀長ゆかりの城

秀吉の実弟・豊臣秀長が城主・城代を務めた足跡をたどる城めぐり。

黒田官兵衛ゆかりの城

戦略家として名をはせた黒田官兵衛の足跡を、各地の城郭からたどる。

池田輝政ゆかりの城

池田輝政の転戦と大名としての飛躍を、各地の城をめぐりながらたどる。

宮本武蔵ゆかりの城

武蔵の名を伝える城をたどりながら、西国の城郭をめぐる旅へ。

姫路城周辺グルメ・名物料理

姫路といえば穴子

下村商店の焼き穴子姫路といえば瀬戸内の「穴子」を。穴子は蒸すというより、炭火で焼いた方が歯ごたえと味わいがあって旨い。ここ播州(ばんしゅう)という地域は穴子が贈答品として珍重されてきた。穴子の味は四季を通じて変わらない。JR加古川駅近くの「下村商店」がダントツの旨さ。筆者は祖母の代から40年以上、下村商店の天然の穴子にお世話になっている。醤油に浸した焼穴子を、お好みでワサビや海苔でいただく茶漬け、焼き穴子を出汁をかけてそのまま味わう穴子丼など、香ばしさも味覚もいい。ここの穴子を食せば他の穴子に手を出そうと思わせない力があるといっていい。ちょうど黒田官兵衛関連の城めぐりをすると、加古川界隈の城を巡ることになるが、このときに訪れると良い。ただし、下村商店で扱うのは天然の穴子。ゆえに、寒くなり水温が低下したり、夏の水害などで水が汚れると獲れない。確実にいただけるわけではないため、お歳暮やお中元など贈答用には向いていないが、この時期、好きな人はこの天然の穴子が獲れるのをじっと待つという幻の逸品だ。穴子が播磨で知名度が上昇し続けないのは、天然の穴子が手に入りにくく、その漁獲高も関係あるらしい。

さて、加古川ではなく、姫路で穴子を食すには、「家庭割烹 杉本」も古くから知名度がある。また、気軽に穴子を愉しむなら「炭焼あなご やま義」や最近では、数々の店舗で特色のある穴子が愉しめる。姫路の西に位置する赤穂では穴子の柔らかさ重視の穴子弁当、東に行けば焼きの印象が強くなる。そのほか姫路のグルメといえば、太市のたけのこ、大津のれんこん、姫路おでんが挙げられる。または、地元に知られる老舗の寿司屋「勝三寿司」をどうぞ。

姫路城アクセス・駐車場・営業時間

所在地

住所:兵庫県姫路市本町68 [地図を見る]

県別一覧:[兵庫県の城]

電話:079-285-1146(姫路城管理事務所)

開館時間

9時〜17時(閉門16時)。三の丸は散策自由。12月29日・30日休館。

アクセス

鉄道利用

JR山陽本線、姫路駅下車、または山陽電鉄本線、山陽姫路駅下車、北へ徒歩20分。姫路駅から姫路城が見えているので迷うことはない。

マイカー利用

山陽自動車道、山陽姫路東ICから姫路城を目指す。西からは山陽自動車道、山陽姫路西ICから姫路バイパス(国道2号線)、府道62号線を北上。東からは第二神明道路、明石西ICから加古川バイパス(国道2号線)から姫路バイパス(国道2号線)を経て府道62号線を北上。

姫路城の南西にある「大手門駐車場(582台有料駐車場)」がお城に近くリーズナブルで便利。

地図

姫路城周辺ホテル・宿泊情報

JR姫路駅から徒歩3分の「姫路グリーンホテル立町」が荷物を預けて城に行きやすく、リーズナブルでおすすめ。浴場からは姫路城が小さくはあるが一望できる。または、駅寄りというより、城に近い「姫路グリーンホテル坂元」。乾小天守、西小天守と大天守が南西から望めるスペシャルルームの眺望がかなり良い(逆にスペシャルルーム以外は眺望が得にくい)。またはちょっと贅沢にという人は、駅の南側すぐの「ホテル日航姫路」が便利だぞ。

姫路城をより深く学ぶ展示・資料館・学習スポット

姫路市史と日本名城集成

『姫路市史 第14巻 別編姫路城』と『日本名城集成 姫路城』次の2冊が最も良い。姫路城の新約聖書といわれる『姫路市史 第14巻 別編姫路城』(姫路市昭和63年発行)A5、913ページ、図7枚ホルダー入。もう一冊は、『日本名城集成 姫路城』(小学館 昭和59年発行)215ページ。ともに結構な値段が付いていて古本市場で流通している。

知るほどはまる 姫路城トリビアン

知るほどはまる 姫路城トリビアン世界文化遺産登録20周年を記念して、姫路城でガイドを行っている団体や姫路城に関わりの深いメンバーが加わり、編集された姫路城のトリビア集。一巻40ページのボリューム。姫路市のサイトでPDFで閲覧できる。

姫路ええとこマップ

姫路ええとこマップいわゆる夜の町は「魚町」と呼ばれる界隈にあり、数々の店舗が軒を連ねている。それらが掲載されている「姫路ええとこマップ」が2009年に姫路円卓会議から発行されていたが、今は絶版していて手に入りにくい。

「姫路ええとこマップ」は、グルメ処の紹介だけでなく、地元の有志10名がまとめただけあって実に丁寧な作り。姫路で一番古い喫茶店など歴史を感じさせる紹介が見られ、城ファンにも嬉しい例えば「飾磨津門:外濠の門で飾磨に向かって開かれていた、現在は山陽電車姫路駅の下に」など、ちょっとした城のポイントが随所に記載されている。姫路の町を、歴史とグルメで見渡すことができる優れたマップ。がしかし、なかなか手に入らない希少マップ。