大阪城の旅行観光情報
所在地:大阪府大阪市中央区大阪城1−1

写真:岡 泰行




旅行観光情報
開館
大阪城天守閣は、9時〜17時まで(入館は午後4時30分まで)。4月の桜シーズン・ゴールデンウィーク・夏休みや秋の特別展中は開館時間を19時まで延長していることがある。詳しくは大阪城天守閣サイトでチェック。
そのほか大手門、千貫櫓、火硝蔵など13棟の重要文化財のうち12棟は、大阪城公園内にあり、こちらは24時間入城自由(建物内部は非公開)。毎年、ゴールデンウィークや10月や11月の祝祭日前後に大手多聞櫓や千貫櫓の特別公開があることが多いが(毎年約3,000人が訪れる)、その時期に確実に公開が約束されている訳ではないのでちょっと注意。
アクセス
[鉄道] JR大阪環状線、森ノ宮駅、大阪城公園駅からいずれも徒歩すぐ。本丸までは徒歩10分。
[自動車] 大阪城の南側、中央大通と本町通の合流地点に大阪城駐車場(有料200台)、JR環状線沿いに森ノ宮駐車場(有料98台)がある。お城ファンにとっては、歴史博物館も近く大阪城により近い前者が便利。「KKRホテル大阪」を目指すと良いぞ。
資料
「大阪城櫓・蔵」「豊臣秀頼」など大阪城天守閣1階のミュージアムショップへどうぞ。
大阪城の歴史
撮影アドバイス
写真映えする季節は3月(梅林)・4月(桜)・11月(紅葉)と3シーズンで、紅葉の時期が最も美しいぞ!撮影スポットも豊富で、大阪城天守閣を捉える一押しと言えば西の丸から。城ファンとして押さえておきたいスポットは以下の通り。詳しい場所は下記マップでチェック。
西の丸から
この写真は真西から捉えた天守閣。大阪城天守閣が西日に映える午後が美しいぞ。とはいっても、西の丸は有料公園。閉園時間とイベントの有無をチェックしてから訪れよう。そのほか、西の丸庭園内だけで3ヶ所撮影スポットがある。
大阪歴史博物館
博物館内の最上階とその階段スペースがガラス張りになっており、千貫櫓や大手門、六番櫓や天守閣を南西から望むことができる。晴れた日はガラスへの映り込みが激しく、全景を綺麗に撮影するには、ちょっとテクニックが必要。
玉造口から
午前中なら順光で、午後なら日没時間をチェックしてから訪れよう。晩秋には、夕焼けに染まる大阪城天守閣に出会えるかもしれない。玉造口を入って左側の石段を上まで登ると、美しい風景が待っているぞ。
KKRホテル大阪
一番櫓、六番櫓ほか、大阪城天守閣を南側正面から捉える撮影ポイント。客室からの眺望なので宿泊しなければ撮影ができない。上階各室を指定しよう。また同ホテルBarからの眺望も良いぞ。
パノラマスカイレストラン アサヒ
「松下IMPビル」26階にあるレストランのパーティールームからの眺めは、大阪城のほぼ全域を眼下に見ることができる。なお、パーティールームは、ひとりでは入ることができず複数人での予約が必要となる。
ホテルニューオータニ
城の北東から望むアングルで、その立地から午前中の撮影が適している。客室からの眺望なので宿泊しなければ撮影ができない。眼下の大阪城ホールの占める割合が多くなるため、城域を撮影するというより、本丸高石垣と大阪城天守閣をアップでどうぞ。(林田公範氏提供)
グルメ
大阪城本丸のお店でたこ焼きや定食などが食べられるが、いわゆるグルメ処はこの辺りには無い。思い切って大阪城の北側「松下IMPビル」あたりまで足を伸ばすか、どこかでお弁当を用意して大阪城公園内でゆっくりとがいいかも。または、大阪城の西側(谷町3丁目)にある本格派インド料理「チャンダン」、ビストロ「kamekichi bistro」がこの辺りでは人気店(下記マップ参照)。
宿泊
最もお奨めなのがJR森ノ宮駅下車、徒歩5分の「KKRホテル大阪」。城の真南に隣接し、一番櫓・六番櫓・大阪城天守閣など、全てが視野に入る絶好のポイント。 12階最上階にはレストランや大阪城のライトアップした姿をパノラマで見られるBarも。客室は11階を指定してみると良いぞ。城を高い位置から見られるホテルでは、名古屋城を望む「
ウェスティンナゴヤキャッスル」と肩を並べる眺望が期待できる。また、城の北側にある「
ホテルニューオータニ大阪」は第二候補。ここからの眺めは、手前にある大阪城ホールの屋根が占める面積が多くなり思ったより良い風景ではないかも。
近郊歴史スポット
やはり真田幸村の足跡を求めて大阪城の南側に足を運びたい。細川忠興の屋敷跡でその井戸が残る越中井、真田出丸跡にある三光神社(幸村の銅像や大阪城への抜け穴など)、さらに南下して天王寺にある茶臼山と旧黒田藩蔵屋敷長屋門(現存移築)、真田幸村最期の地である安居神社(幸村の銅像と石碑)。
また、街並みや大阪の歴史を求めるなら、「大阪歴史博物館」や淀屋橋にある「適塾 緒方洪庵旧宅」、天神橋六丁目にある「大阪くらしの今昔館」がおすすめ。中でも「大阪くらしの今昔館」は、江戸時代天保年間の大阪の街並みを実物大で再現しているぞ。
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現地で主な見所をチェック!
GPSお城ナビ
iPhoneアプリ「大阪城」を公開予定!
現地で使うと、マップ上の見るべきポイントが、カメラ越しにエアタグ(AR)で現れるGPSお城ナビになるぞ。大阪城の写真集も。お城の観光案内にどうぞ。
投稿情報 〜みんなはこんなところをチェックしています〜
徳川時代の土台に鉄筋コンクリートの城と嫌われがちだけど、大阪市民にとっては太閤さんのお城。豊臣時代・徳川時代の天守閣がいずれも30数年、現在の天守閣が70年以上ともっとも歴史が長いんだぞぉ。
投稿者:城の観光好き(97.06.05)
大阪城は現存遺構が大手門、千貫櫓、火硝蔵など13棟の重要文化財があるぞ。「大手門」「塀 3棟(大手門南方、大手門北方、多聞櫓北方)」「多聞櫓」「千貫櫓」「乾櫓」「一番櫓」「六番櫓」「焔硝蔵」「金蔵」「金明水井戸屋形」「桜門」。この内、毎年秋(11月)になると3日間限定で「大手門」「多聞櫓」「千貫櫓」「金蔵」などが特別公開されるぞ。
投稿者:細川ガラシャ(95.05.27)
豊臣大坂城の総構遺構が踏査により確認できます。城南方の道路沿いを歩けば、道路の起伏により確認できます。天守が資料館になっています。
投稿者:ume(99.06.11)
大阪城の本丸南側は、豊臣大坂城時代から空堀になっているがこれには諸説あるそうな。現地ガイドさん曰く、岩盤があるため掘り抜けないのだとか。その南側を守るため、1番櫓から6番櫓まで設ける堅固な作りにしたのだとか。ちなみに大阪城は、四天王寺から続く上町台地の北端にある。その高低差は大阪市内を歩くとよく分かる。
投稿者:城の観光好き(97.06.05)
1999年春になって市内建設現場より刀の鞘が大量に出土しました。刀狩などで得たものを城郭に利用していた模様です。
投稿者:城の観光好き(99.06.11)
大阪城のすぐ西側、大阪府警本部建設の際の発掘調査で、豊臣時代の大坂城に、大規模な粘土層を利用した障子堀が発掘された。障子堀は静岡の山中城で有名。発掘当時の見事な姿が分かる写真が、大阪府警本部前に展示されている。
投稿者:城の観光好き(10.05.10)
大阪城の山里丸跡の奥のほうに行くと、淀君と一緒に自害した方たちの碑があります。木が茂っているのでわかりにくいのです。真田大助様やら、なにやら名前がかいてました。皆様方はきづかずに各地からきた大きな石をみてそのまま天守閣に行く坂道を登っていかれます。一度、石の後方の碑までいかれてはどうでしょう。無念になくなられた方々を思って、こみあげてくるものがありますよ。ただ、手入れされてなく、汚い感じがして残念ですけどね。
投稿者:mieko muguruma(99.11.25)
山里曲輪の淀殿云々については信憑性がありません。エピソードとしては捨てがたいので難しいところですね。場内にある13点の重要文化財のうち多聞櫓と千貫櫓はゴールデンウィークと文化の日あたりの一週間有料で内部に入れます。これは必見!
投稿者:おむすび(01.06.17)
ついに東外堀が完全とはいかないが復元され、次は建物の復元かと思いましたが大阪城へ行ってみて道がコンクリートで舗装されたのを見ると夢のまた夢かと思った。あの本丸の三層の櫓が三つも連ねた勇姿などはもう再現されないのか。
投稿者:岩峯慎一(99.02.02)
大阪城の空中写真を見ると、どうも東の守りが弱いように思えるが、実は大和川が流れていて天然の濠になっていた。宝永元年(1704年)に堺の方へ流れを変えるよう付け替えたそうな。旧大和川は今も水路のようなかたちで残っているらしい。
投稿者:城の観光好き(97.06.05)
いつだか忘れたけど大阪城祭りがありますよ。私、淀君役ででました!
投稿者:お蘭(99.09.06)
大阪城は植物が豊富。植物園として巡っても面白いかも。
投稿者:城の観光好き(99.02.02)
二の丸南東、玉造口の脇(巽・丑寅櫓下)にある帯郭には、なぜかヘリポートがあります。
投稿者:三箇サンチョ(99.08.28)
天守閣内の展示は随分良くなった。じっくり見れば1時間はかかる。中でも豊臣大坂城と徳川大阪城の模型は必見かも。
投稿者:城の観光好き(99.02.02)
カラクリ太閤機を見ているとあっという間に時間が過ぎてしまうので注意しましょう。
投稿者:局長(99.07.14)
天守閣内の展示1Fのビデオコーナーで見たのですが、石垣を目を凝らして見ると『木下』とか小さく数字と文字が書いてあるそうです。数字は高さ、名前の意味は忘れました。もしかしたら、まだ見ぬ発見があるかも?
投稿者:きんさん(99.11.25)
意外に知られていないネタをご紹介します。まず大阪城敷地内にある豊國神社内の「幸村桜」が一つ。太閤さんの銅像の前で写真を撮っていますが、この桜には誰も見向きもしません。「幸村桜」は信州・上田城の桜を豊國神社に植えています。もう一つは、大阪城の石垣ですが、裏側の石垣を良く見ますと、第二次世界大戦時に受けた砲弾の痕があります。
投稿者:モモママ(10.04.22)
通天閣に登ると、大坂夏の陣の舞台「真田幸村VS徳川家康」茶臼山付近を観ることが出来ます。また、天王寺動物園内にある古戦場跡も。幸村が戦死したと言われている安居神社も近くにあります。
投稿者:モモママ(10.04.22)
16世紀に浄土真宗本願寺派により石山本願寺として最初の築城がなされる。17世紀末葉に豊臣秀吉により、近世城郭としての姿を整える。大坂の陣による落城後、17世紀初頭に徳川幕府(二代秀忠)により修築される。
投稿者:ume(99.06.11)
一説には信長が最終の居城と考えていたといわれる石山の地。だが大坂城(大阪城)と言えば、誰でも秀吉を思い出す。元々は、信長が10年あまりの歳月をかけて相手にした石山本願寺があった。秀吉は、この本願寺の遺構を利用することから始まり、3年半の歳月をかけて難攻不落の名城を生んだのである。しかし現在の城は徳川時代に豊臣時代の城の上に盛り土をし、再建された徳川時代の大阪城である。「大坂城」といえば秀吉時代、「大阪城」と言えば徳川時代のものと区別して呼ばれることもある。
1583(天正11)年、山崎の戦いで信長の弔い合戦で勝った秀吉が石山に入ると、西国30のあまりの大名に命じ築城を開始した。城郭はその経済力・労働力から、ほぼ2年あまりで完成し、さらに外郭の工事が進められ、それまでにない規模の城郭が完成する。このとき、石山から大坂と改められる。城攻めの達人の当の秀吉も、正面から落とす方法はないと言っていたほどである。大阪湾から見えるその城は、どんな姿だったのだろう。
大阪夏の陣で家康が計略を用いて大坂城の外堀を埋め、1615(元和元)年、豊臣氏は秀吉の大坂城と共に滅ぶ。その後は徳川氏のものとなり、西国64藩に命じ、1620(元和6)年から約10年の歳月をかけ、より大きい大阪城を築城し直した。明治までは常に城代が入ることになる。今も徳川時代の重要文化財の櫓や門が多数残り、その壮大な石垣は目を見張るものがある。千貫櫓は、信長が石山を攻めているとき、かなり邪魔になった存在。落とした者に千貫やってもいいと言ったことがその名の由来で、その名がその櫓があったとされる場所には、今も櫓があるが、その名がつけられている。
現在の天守は、昭和6年に再建されたもので、大阪市民の寄付金で徳川時代の天守台に豊臣時代のデザインを模したもの。1665(寛文5)年に落雷で焼失して以来の再現である。それからあまり時もたたない内に、人は、現在、目にするものを秀吉の城と信じて疑わなくなった。秀吉人気が今も根強く残っているからだろう。
投稿者:細川ガラシャ(95.05.27)
大阪城の井戸は4つ残っています。一つは小天守台に井戸屋形と共に現存する「黄金水井戸」。別名「金明水井戸」とも呼ばれるこの井戸は豊臣時代の大坂城井戸で秀吉が黄金を沈めた伝承がありますが、実際は徳川期になってから掘られたものです。二つ目は桜門枡形内にある「銀明水井戸」。この井戸は本来は陸軍師団司令部の東側にあったもので現在は水道水です。三つ目が西ノ丸庭園内に残る「城代屋敷跡井戸」。そして四つ目が二ノ丸六番櫓付近に残る「南城番衆小屋跡井戸」。こちらは、井戸自体は城番衆小屋の井戸跡なのですが、井戸枠が実は大手門下馬札の前にかつて残されていた「蓮如井戸」のものである事が大阪府教育委員会の手によって確認され、石山本願寺時代の遺構として残る数少ない貴重なものだそうです。
投稿者:佐助(01.11.19)
大阪市立南大江小学校の西側には、通称「太閤下水」と呼ばれる秀吉時代に出来た下水(現在も使われている)が、のぞき見できるようになってるぞ。
投稿者:美作(09.10.30)
大阪城の北西すぐにある府立女性総合センター(ドーンセンター)横には、豊臣時代の大坂城石垣が地上に復元保存されてるぞ。
投稿者:城の観光好き(99.02.02)
大阪城は桜の綺麗な城としても有名です。花見スポットは、梅林をぬけて石垣を登った所が一番きれいだとおもいました。
投稿者:山県三郎兵衛(99.05.17)
毎年、2月末の日曜日に大阪国際女子マラソンが行われます。それで大阪城がコースの一部になっています。長居陸上競技場をスタートしてしばらく北へ走ります。森之宮を曲がり、大阪城の玉造口から入って梅林の坂を下ります。内堀沿いを走り抜け、京橋口より出ていきます。そのまま御堂筋を往復して今度は京橋口の北側から入り大阪城外周コースを走り抜け、噴水を横目に森之宮へ抜けます。後は長居まで。
投稿者:真田四郎勝頼(01.04.08)






