大阪城

住所:大阪府大阪市中央区大阪城1-1 / 大阪府 / 城ファンチェック: 32

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

大阪城天守閣は、AM9:00~PM5:00まで(入館はPM4:30まで)。4月の桜シーズン・ゴールデンウィーク・夏休みや秋の特別展中は開館時間をPM7:00まで延長していることがある。詳しくは大阪城天守閣サイトでチェック。

大阪城には重要文化財の城門や櫓がある。大手門、千貫櫓、火硝蔵など13棟の重要文化財は、その外観は見学自由だが、建物内部は特別公開時しか見ることができない。毎年、ゴールデンウィークや10月や11月の祝祭日前後に大手多聞櫓や千貫櫓の特別公開があることが多いが(毎年約3,000人が訪れる)、その時期に確実に公開が約束されている訳ではない。

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR大阪環状線、森ノ宮駅、大阪城公園駅からいずれも徒歩すぐ。本丸までは徒歩10分。

マイカー利用

大阪城の南側、中央大通と本町通の合流地点に大阪城駐車場(有料200台)、JR環状線沿いに森ノ宮駐車場(有料98台)がある。お城ファンにとっては、歴史博物館も近く大阪城により近い前者が便利。「KKRホテル大阪」を目指すと良いぞ。

見学会・イベント・セミナー見学会・イベント・セミナー

大坂城 豊臣石垣公開プロジェクト

秀吉の大坂城石垣、発掘公開を大阪市では、大坂夏の陣から400年を機に、「秀吉が築いた初代大坂城の石垣」を掘り起こし、大阪城の歴史を物語る新たな魅力を創出するため豊臣石垣の公開事業に取り組んでいます。

 

公開情報

 

歴史探訪ウォーク

文献資料文献資料

撮影アドバイス撮影アドバイス

大阪城が季節映えする3シーズン

3月は梅林を

大阪城の梅林大阪城の梅林は、本丸の水堀を挟んで東側にある。豊臣時代、片桐且元の屋敷があったところだ。梅林では、約100品種の約1,270本の梅が咲き誇る。木々の合間が遊歩道になっていて、天守閣が望めるスポットを歩いて探すといった具合だ。最も咲き誇る3月上旬が狙い目。Webサイト『大阪市花と緑の情報サイト』で梅の開花情報をチェックすると良いぞ。

 

4月は桜を

大阪城の桜大阪城公園の桜は、公園内の東側に多いが、これが天守閣からかなり離れている。花見目的なら公園東側の散策を。天守閣とセットで撮りたい場合は、西の丸庭園に入ると良いぞ。『ウェザーニュース桜チャンネル』で開花情報をチェック。情報は時期になれば公開される。

 

11月は紅葉を

大阪城の紅葉毎年、11月の中下旬が見頃。銀杏が多い西の丸庭園がおすすめ。また、灰色の石垣に上にはうツタも紅葉しているその風情も良い。西の丸庭園から本丸の空堀越しに天守閣を捉えてみよう。こちらも『ウェザーニュース紅葉チャンネル』で紅葉情報をチェック。

大阪城10景

撮影スポットも豊富な大阪城。姫路城並みに角度を変えて表情を楽しめる城だ。その一押しと言えば西の丸から。城ファンとして見ておきたい主に天守閣を望む撮影場所10選をご紹介。このほかにも、美しく見られるスポットがあるので、ぜひ城内を歩いてみてほしい(詳しい場所は、上記Googleマップのカメラマークをチェック)。

 

内堀の北西から

大阪城の撮影スポット:内堀の北西から水堀越しに本丸石垣と天守が美しく映えるスポット。屏風折れの石垣、水面にその姿を写す天守閣と、大阪城の代表アングルと言って良い。右手に見えているのは隠し曲輪の石垣となる。夕方早めの撮影が、天守閣と石垣、両方に日が当たるので良いぞ。夕暮れすぎると石垣がかなり暗く写ってしまう。

 

玉造口の雁木上から

大阪城の撮影スポット:玉造口の雁木上から午前中なら順光で天守閣が映える。午後は逆光になってしまうが、日没になればライトアップが最も美しく見られるスポット。晩秋には、夕焼けに染まる大阪城天守閣に出会えるかもしれない。玉造口を入ってすぐ左側の石段(雁木)を上まで登ると、美しい風景が待っているぞ。

 

西の丸庭園から

大阪城の撮影スポット:西の丸庭園からこの写真は真西から捉えた天守閣。正面から捉えると建築美が際立つ。大阪城天守閣が西日に映える午後が美しい。とはいっても、西の丸は有料公園。閉園時間とイベントの有無をチェックしてから訪れよう。そのほか、西の丸庭園内では、北側虎口の雁木上から天守閣、本丸空堀越しに天守閣の風景も良い。いずれも『お城めぐりFAN LIBRARY』の大阪城ページで写真を公開している。

 

太陽の広場から

大阪城の撮影スポット:太陽の広場から大阪城公園の北西に、大阪城ホール、野球場などがあるが、その東側に広場がある。その広場を東の方まで歩けば、天守閣が木々の上に顔を出す。周囲のビルが木々に隠れるポイントを探して1枚に収めるのも良いだろう。天守閣を東側から望むため午前であれば順光で、夕暮れでは、ドラマチックな空の風景と一緒にどうぞ。

 

極楽橋と天守をセットで

大阪城の撮影スポット:極楽橋と天守をセットで極楽橋はコンクリート造りの橋ではあるが、豊臣時代からここに橋があり、その名が残っている。歴史に思いを馳せるならこの橋を選ぶと良い。時間は、本丸北側にあるためと水堀が映える早朝の撮影が良い。余談ながら琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)にある、宝厳寺の唐門は、淀君が極楽橋を寄進したと伝わっている。豊臣大坂城の基調な建築遺構といって良い。

 

大阪歴史博物館から

大阪城の撮影スポット:大阪歴史博物館から博物館内の最上階とその階段スペースがガラス張りになっており、千貫櫓や大手門、六番櫓や天守閣を南西から望むことができる。晴れた日はガラスへの映り込みが激しく、全景を綺麗に撮影するには、ちょっとテクニックが必要だが、近世の平城は上から観るべしと痛感する優れたスポット。特に大阪歴史博物館から夕方の眺望が良い。

國民會館武藤記念ホールから

大阪城の撮影スポット:國民會館武藤記念ホールから大阪城の北西に位置する國民會館住友生命ビルから望む大阪城。手前に乾櫓、広角レンズがあれば大手門も視野に入れることができる。普段は解放されておらず、國民會館武藤記念ホールで、セミナー等が開かれたときに参加するしかない。

 

KKRホテル大阪から

大阪城の撮影スポット:KKRホテル大阪から一番櫓、六番櫓ほか、大阪城天守閣を南側正面から捉える撮影スポット。KKRホテル大阪の客室からの眺望なので宿泊しなければ撮影ができない。上階各室を指定しよう。また同ホテル上階にあるレストランからの眺望も良いぞ。

 

パノラマスカイレストラン アサヒから

大阪城の撮影スポット:パノラマスカイレストラン アサヒから「松下IMPビル」26階にあるレストランのパーティールームからの眺めは、大阪城のほぼ全域を眼下に見ることができる。なお、パーティールームは、ひとりでは入ることができず複数人での予約が必要となる。

ホテルニューオータニから

大阪城の撮影スポット:ホテルニューオータニから城の北東から望むアングルで、その立地から午前中の撮影が適している。客室からの眺望なので宿泊しなければ撮影ができない。眼下の大阪城ホールの占める割合が多くなるため、城域を撮影するというより、本丸高石垣と大阪城天守閣をアップでどうぞ(写真:林田公範)。

近郊グルメ近郊グルメ

食事は本丸のミライザ大阪城へ

ミライザ大阪城(旧第四師団司令部庁舎)屋上からの眺望大阪城の本丸広場に2017年10月19日、「ミライザ大阪城」が開業した。本丸に残る「旧第四師団司令部庁舎」を18億円をかけ改装し、たこ焼きからイタリア料理店まで飲食店も多数入っている。午後10時まで営業。これまで大阪城の北側「松下IMPビル」あたりまで足を伸ばすか、どこかでお弁当を用意して大阪城公園内でとか、本丸内で軽食をGETという感じだったが、これほど大阪城を間近に見ながら食事ができるスポットが誕生したのは嬉しい。屋上からは大阪城天守閣をこれまでと違ったアングルで望むことができる(写真は屋上からの眺望。眼下に見えるのは重要文化財の金蔵)。

 

旧第四師団司令部庁舎旧第四師団司令部庁舎は、鉄筋コンクリート造、地上3階、地下1階で、大阪城天守閣を再建する際、寄附金150万円のうち半分以上の80万円を投じて昭和6年(1931)に建てられた。昭和天皇の大阪城行幸の際に貴賓室として使用された部屋があるほか、内部は随所に意匠が施されている。屋上は高射砲陣地として戦前は機能し、一段高いところには機関銃の銃座が今も残る(機関銃銃座は今後も非公開)。館内はこれまで特別公開時のみ入ることができたが、これからは「ミライザ大阪城」の営業中は入ることができる。江戸・戦国時代ではないが、今や歴史的建造物なので、ちらっと建築意匠などを見ておくと良いかもしれない。

宿泊宿泊

最もお奨めなのがJR森ノ宮駅下車、徒歩5分の「KKRホテル大阪」。城の真南に隣接し、一番櫓・六番櫓・大阪城天守閣など、全てが視野に入る絶好のポイント。 12階最上階にはレストランがあり、ライトアップした姿をパノラマで見られる。客室は11階を指定してみると良いぞ。城を高い位置から見られるホテルでは、名古屋城を望む「ウェスティンナゴヤキャッスル」と肩を並べる眺望が期待できる。
また、城の北側にある「ホテルニューオータニ大阪」は第二候補。ここからの眺めは、北側から望むこと、また手前にある大阪城ホールの屋根が占める面積が多くなり思ったより良い風景にならないことが多いかも。

大阪府の観光おすすめ大阪府の観光おすすめ

真田幸村銅像やはり真田幸村の足跡を求めて大阪城の南側に足を運びたい。細川忠興の屋敷跡でその井戸が残る越中井、真田出丸跡にある心眼寺とその周辺の起伏、三光神社(幸村の銅像や大阪城への抜け穴)、さらに南下して天王寺にある茶臼山と旧黒田藩蔵屋敷長屋門(現存移築)、真田幸村最期の地である安居神社(幸村の銅像と石碑)。

 

越中井また、街並みや大阪の歴史を求めるなら、「大阪歴史博物館」や淀屋橋にある「適塾 緒方洪庵旧宅」、天神橋六丁目にある「大阪くらしの今昔館」がおすすめ。中でも「大阪くらしの今昔館」は、江戸時代天保年間の大阪の街並みを実物大で再現しているぞ。

 
大坂城豊臣石垣公開プロジェクト

城ファンチェック (32)

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    1995.05.27 細川ガラシャ さんより

    大阪城は現存遺構が大手門、千貫櫓、火硝蔵など13棟の重要文化財があるぞ。「大手門」「塀3棟(大手門南方、大手門北方、多聞櫓北方)」「多聞櫓」「千貫櫓」「乾櫓」「一番櫓」「六番櫓」「焔硝蔵」「金蔵」「金明水井戸屋形」「桜門」。この内、毎年秋(11月)になると3日間限定で「大手門」「多聞櫓」「千貫櫓」「金蔵」などが特別公開されるぞ。

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    1995.05.27 細川ガラシャ さんより

    一説には信長が最終の居城と考えていたといわれる石山の地。だが大坂城(大阪城)と言えば、誰でも秀吉を思い出す。元々は、信長が10年あまりの歳月をかけて相手にした石山本願寺があった。秀吉は、この本願寺の遺構を利用することから始まり、3年半の歳月をかけて難攻不落の名城を生んだのである。しかし現在の城は徳川時代に豊臣時代の城の上に盛り土をし、再建された徳川時代の大阪城である。「大坂城」といえば秀吉時代、「大阪城」と言えば徳川時代のものと区別して呼ばれることもある。

    1583(天正11)年、山崎の戦いで信長の弔い合戦で勝った秀吉が石山に入ると、西国30のあまりの大名に命じ築城を開始した。城郭はその経済力・労働力から、ほぼ2年あまりで完成し、さらに外郭の工事が進められ、それまでにない規模の城郭が完成する。このとき、石山から大坂と改められる。城攻めの達人の当の秀吉も、正面から落とす方法はないと言っていたほどである。大阪湾から見えるその城は、どんな姿だったのだろう。

    大阪夏の陣で家康が計略を用いて大坂城の外堀を埋め、1615(元和元)年、豊臣氏は秀吉の大坂城と共に滅ぶ。その後は徳川氏のものとなり、西国64藩に命じ、1620(元和6)年から約10年の歳月をかけ、より大きい大阪城を築城し直した。明治までは常に城代が入ることになる。今も徳川時代の重要文化財の櫓や門が多数残り、その壮大な石垣は目を見張るものがある。千貫櫓は、信長が石山を攻めているとき、かなり邪魔になった存在。落とした者に千貫やってもいいと言ったことがその名の由来で、その名がその櫓があったとされる場所には、今も櫓があるが、その名がつけられている。

    現在の天守は、昭和6年に再建されたもので、大阪市民の寄付金で徳川時代の天守台に豊臣時代のデザインを模したもの。1665(寛文5)年に落雷で焼失して以来の再現である。それからあまり時もたたない内に、人は、現在、目にするものを秀吉の城と信じて疑わなくなった。秀吉人気が今も根強く残っているからだろう。

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    1997.06.05 城の観光好き さんより

    徳川時代の土台に鉄筋コンクリートの城と嫌われがちだけど、大阪市民にとっては太閤秀吉の城。豊臣時代・徳川時代の天守閣がいずれも30数年、現在の天守閣が70年以上ともっとも歴史が長いんだぞぉ。

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    1997.06.05 城の観光好き さんより

    大阪城の本丸南側は、豊臣大坂城時代から空堀になっているがこれには諸説あるそうな。現地ガイドさん曰く、岩盤があるため掘り抜けないのだとか。その南側を守るため、1番櫓から6番櫓まで設ける堅固な作りにしたのだとか。ちなみに大阪城は、四天王寺から続く上町台地の北端にある。その高低差は大阪市内を歩くとよく分かる。

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    1997.06.05 城の観光好き さんより

    大阪城の空中写真を見ると、どうも東の守りが弱いように思えるが、実は大和川が流れていて天然の濠になっていた。宝永元年(1704年)に堺の方へ流れを変えるよう付け替えたそうな。旧大和川は今も水路のようなかたちで残っているらしい。

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    1999.02.02 岩峯慎一 さんより

    ついに東外堀が完全とはいかないが復元され、次は建物の復元かと思いましたが大阪城へ行ってみて道がコンクリートで舗装されたのを見ると夢のまた夢かと思った。あの本丸の三層の櫓が三つも連ねた勇姿などはもう再現されないのか。

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    1999.02.02 城の観光好き さんより

    大阪城は植物が豊富。植物園として巡っても面白いかも。

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    1999.02.02 城の観光好き さんより

    天守閣内の展示は随分良くなった。じっくり見れば1時間はかかる。中でも豊臣大坂城と徳川大阪城の模型は必見かも。

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    1999.02.02 城の観光好き さんより

    大阪城の北西すぐにある府立女性総合センター(ドーンセンター)横には、豊臣時代の大坂城石垣が地上に復元保存されてるぞ。

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    1999.05.17 山県三郎兵衛 さんより

    大阪城は桜の綺麗な城としても有名です。花見スポットは、梅林をぬけて石垣を登った所が一番きれいだとおもいました。

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    1999.06.11 ume さんより

    豊臣大坂城の総構遺構が踏査により確認できます。城南方の道路沿いを歩けば、道路の起伏により確認できます。天守が資料館になっています。

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    1999.06.11 城の観光好き さんより

    1999年春になって市内建設現場より刀の鞘が大量に出土しました。刀狩などで得たものを城郭に利用していた模様です。

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    1999.06.11 ume さんより

    16世紀に浄土真宗本願寺派により石山本願寺として最初の築城がなされる。17世紀末葉に豊臣秀吉により、近世城郭としての姿を整える。大坂の陣による落城後、17世紀初頭に徳川幕府(二代秀忠)により修築される。

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    1999.07.14 局長 さんより

    カラクリ太閤機を見ているとあっという間に時間が過ぎてしまうので注意しましょう。

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    1999.08.28 三箇サンチョ さんより

    二の丸南東、玉造口の脇(巽・丑寅櫓下)にある帯郭には、なぜかヘリポートがあります。

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    1999.09.06 お蘭 さんより

    いつだか忘れたけど大阪城祭りがありますよ。私、淀君役ででました!

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    1999.11.25 mieko muguruma さんより

    大阪城の山里丸跡の奥のほうに行くと、淀君と一緒に自害した方たちの碑があります。木が茂っているのでわかりにくいのです。真田大助様やら、なにやら名前がかいてました。皆様方は気づかずに各地からきた大きな石をみてそのまま天守閣に行く坂道を登っていかれます。一度、石の後方の碑まで行かれてはどうでしょう。無念になくなられた方々を思って、こみあげてくるものがありますよ。ただ、手入れされてなく、汚い感じがして残念ですけどね。

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    1999.11.25 きんさん さんより

    天守閣内の展示1Fのビデオコーナーで見たのですが、石垣を目を凝らして見ると『木下』とか小さく数字と文字が書いてあるそうです。数字は高さ、名前の意味は忘れました。もしかしたら、まだ見ぬ発見があるかも?

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    2001.04.08 真田四郎勝頼 さんより

    毎年、2月末の日曜日に大阪国際女子マラソンが行われます。それで大阪城がコースの一部になっています。長居陸上競技場をスタートしてしばらく北へ走ります。森之宮を曲がり、大阪城の玉造口から入って梅林の坂を下ります。内堀沿いを走り抜け、京橋口より出ていきます。そのまま御堂筋を往復して今度は京橋口の北側から入り大阪城外周コースを走り抜け、噴水を横目に森之宮へ抜けます。後は長居まで。

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    2001.06.17 おむすび さんより

    山里曲輪の淀殿云々については信憑性がありません。エピソードとしては捨てがたいので難しいところですね。場内にある13点の重要文化財のうち多聞櫓と千貫櫓はゴールデンウィークと文化の日あたりの一週間有料で内部に入れます。これは必見!

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    2001.11.19 佐助 さんより

    大阪城の井戸は4つ残っています。一つは小天守台に井戸屋形と共に現存する「黄金水井戸」。別名「金明水井戸」とも呼ばれるこの井戸は豊臣時代の大坂城井戸で秀吉が黄金を沈めた伝承がありますが、実際は徳川期になってから掘られたものです。二つ目は桜門枡形内にある「銀明水井戸」。この井戸は本来は陸軍師団司令部の東側にあったもので現在は水道水です。三つ目が西ノ丸庭園内に残る「城代屋敷跡井戸」。そして四つ目が二ノ丸六番櫓付近に残る「南城番衆小屋跡井戸」。こちらは、井戸自体は城番衆小屋の井戸跡なのですが、井戸枠が実は大手門下馬札の前にかつて残されていた「蓮如井戸」のものである事が大阪府教育委員会の手によって確認され、石山本願寺時代の遺構として残る数少ない貴重なものだそうです。

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    2009.10.30 美作 さんより

    大阪市立南大江小学校の西側には、通称「太閤下水」と呼ばれる秀吉時代に出来た下水(現在も使われている)が、のぞき見できるようになってるぞ。

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    2010.04.22 モモママ さんより

    意外に知られていないネタをご紹介します。まず大阪城敷地内にある豊國神社内の「幸村桜」が一つ。太閤さんの銅像の前で写真を撮っていますが、この桜には誰も見向きもしません。「幸村桜」は信州・上田城の桜を豊國神社に植えています。もう一つは、大阪城の石垣ですが、裏側の石垣を良く見ますと、第二次世界大戦時に受けた砲弾の痕があります。

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    2010.04.22 モモママ さんより

    通天閣に登ると、大坂夏の陣の舞台「真田幸村VS徳川家康」茶臼山付近を観ることが出来ます。また、天王寺動物園内にある古戦場跡も。幸村が戦死したと言われている安居神社も近くにあります。

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    2010.05.10 城の観光好き さんより

    大阪城のすぐ西側、大阪府警本部建設の際の発掘調査で、豊臣時代の大坂城に、大規模な粘土層を利用した障子堀が発掘された。障子堀は静岡の山中城で有名。発掘当時の見事な姿が分かる写真が、大阪府警本部前に展示されている。

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    2012.04.15 佐助 さんより

    大阪城の現存建物は金明水井戸屋形のみだが、豊臣大坂城唯一の現存物として確認されているものに、都久夫須磨神社唐門がある。秀吉とワタリとの関係を示す遺構としても注目され、豊国廟にも使用されていた数奇な運命を辿った建築物である。

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    2014.04.03 城好きの匿名希望 さんより

    夕方限定。とてつもなく美しい写真が撮れます。大阪城に向かうときの橋を渡る直前に、木がポツポツ植えられた広場(?)があります。そこでカメラを用意!木の枝に夕日が照るようになったら、大阪城をバックに撮影。できれば城は左端、又は右端が良いですね。

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    2014.07.25 城好き中学生 さんより

    大坂城の見所は何と言っても石垣だと思います。圧倒される。
    伊賀上野城の方がすごいのかもしれないが。。
    城内に淀君と秀頼公の自刃の地(墓)がありました。
    今残っている城郭のほとんどは、徳川期の大坂城何ですけどね。

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    2015.05.11 幕末大坂城復元を夢見る者 さんより

    幕末の大坂城古写真を見て、すごいなーと思う。今、外国からも多くの観光客が訪れているが、幕末の壮大な大阪城を知る者にとって残念な気持ちになる。2015年5月24日に「大坂城、幕末から現在の定点写真展」を個人で行います。少しでも大阪にもこんな凄い城があったことを知ってもらえたらと思っている。

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    2015.09.22 kojji さんより

    スケールの大きさに圧倒されました。
    秀吉ファンとしては、地下に眠る秀吉の大坂城が気になります。

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    2015.12.15 shirofan さんより

    大阪城の大手多聞櫓・千貫櫓・焔硝蔵が、平成28年1月9日(土)〜平成28年 6月5日(日)までの半年間、長期特別公開されます!

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    2016.05.10 shirofan さんより

    ライトアップの照明デザインは、ライトアップの第一人者といわれ、横浜ベイブリッジや姫路城を手がけた石井幹子氏によるもの。昼もさることながら夜も美しい姿が見られます。城ではそのほか、上田城の夜桜ライトアップを手がけている。

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お城めぐりFANライブラリ:大阪城フォト

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